外国人から見た日本と日本人(9)

2009.01.31 Saturday 00:31
くっくり



 日本の歴史を2600年にするために、神話の時代までさかのぼったわけだ。日本人自身も神話時代を歴史に組み入れてきた。日本の文化の長い流れを象徴的に表現したのが神話である。しかし、近代日本は西洋の帝国主義列強に対抗するために「帝国の」伝統という虚像を身に着けたのだった。占領の第一号指令は、神話はいっさい日本史から排除するよう命じるものだった。かくして私たちは、日本の歴史的侵略性を神話によって告発しながら、日本の神話は偽りであるという告発もしなければならない矛盾に追い込まれるのだ。

■バー・モウ=1893年(明治26年)、当時イギリスの植民地だったビルマに生まれる。独立運動家、政治家。大東亜戦争開戦後、日本軍と共にイギリス軍と戦い、1943年(昭和18年)8月1日、ビルマ国の独立を宣言、国家元首に就任し、対連合国への宣戦布告を行う。1945年8月に日本へ亡命したが、12月に自ら連合国の占領軍(イギリス軍)に出頭、翌年に特赦されビルマに帰国した。
回想録「ビルマの夜明け」より

 真実のビルマの独立宣言は1948年の1月4日ではなく、1943年8月1日に行われたのであって、真のビルマ解放者はアトリー率いる労働党政府ではなく、東条大将と大日本帝国政府であった。

■鄭春河=1920年(大正9年)台南生まれ。日本名「上杉重雄」。台湾に志願制度が布かれた1942年(昭和17年)血書歎願し陸軍特別志願兵としてチモールに従軍。1993年(平成5年)小冊子「嗚呼大東亜戦争」を自費制作し日本の関係各者に配り、戦後日本人に覚醒を促した。2005年(平成17年)没。
「台湾人元志願兵と大東亜戦争」より

 1993年8月10日、細川首相は先の大東亜戦争を「侵略戦争であり、間違った戦争であった」と断定して大きな波紋を引き起こした。自国の威信と名誉に及ぼす影響は実に甚大なるものがある。当時我々は志願までして戦争に赴いたが、戦後見捨てられ異国の民となった。それでも我々は聖戦に参加できたことを誇りとしてゐたが、「侵略戦争だ、間違った戦争だ」といふ首相の暴言には莫大な抵抗と憤激・慨嘆を禁じ得なかった。この間たまりかねて身分もかへりみず三度も首相に抗議書を送付した。

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