2009.01.31 Saturday 00:31
くっくり
「イザベラ・バードの日本紀行(上)」より
来日時、江戸湾を北上中の記述
甲板じゅうで歓声があがっていたものの、わたしにはずっと探しても富士山が見えなかったのですが、ふと陸ではなく空を見上げると、予想していたよりはるか高いところに、てっぺんを切った純白の巨大な円錐が見えました。海抜一万三〇八〇フィート[約三九八七メートル]のこの山はとても淡いブルーの空を背に、海面の高さからとても青白い、光り輝くカーブを描いてそびえ立ち、その麓(ふもと)も中腹も淡いグレーのもやにかすんでいます。それはすばらしい幻想のような眺めで、いかにも幻想らしくまもなく消えてしまいました。やはり円錐形の雪山であるトリスタン・ダクーナ山はべつとして、これほどその高さと威容を損なうものが付近にも遠くにもなにひとつない、孤高の山は見たことがありません。日本人にとっては聖なる山であり、飽くことなく芸術作品の題材とするほど大切にしているのもふしぎはありません。最初目にしたとき、この山はほぼ五〇マイル[約八〇キロ]のところにありました。
空気も海も動きがなく、もやは静止し、薄墨色の雲が青みがかった空にゆったりと浮かび、水面に映った漁船の白帆はほとんど揺れもしません。なにもかもが淡くかすかで青白く、わたしたちの船が乱れ狂う泡を残してどかどかと騒々しく進んでいくのは、眠れる東洋に乱暴に侵入するようなものでした。
「イザベラ・バードの日本紀行(上)」より
横浜での記述
「政府はアジア的、専制的にして偶像崇拝的だ」というグリフィス教授[福井藩の招聘で一八七〇年に来日したウィリアム・E・グリフィス?]の見解からはじめるのは、たぶん賢明ではないでしょう。わたしの受けた第一印象は、この国はよく統治されているというものです。上陸したとたん、サンパンや人力車の料金表、掲示板の公告文、きちんとした警察官、乗り物の提灯、外国貨幣の拒絶、郵便規則などなど、「規則」に出会うのですから。それにこれも言わなければならないでしょうか。ぼられることがまるでないのです!
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