「ムーブ!」派遣村と生活保護と雇用対策 勝谷VS須田

2009.01.27 Tuesday 00:59
くっくり



堀江政生
「これ富坂さん、何だかんだ言って2人とも意見一致してるような感じですね、激論って…」

富坂聰
「うん、あんまりその、論点に対立点が見い出せないですね(一同笑)」

堀江政生
「まあ政府何とかせいということですよね」

富坂聡
「そういうことですね」

 ____________________________内容紹介ここまで


 派遣村にいた人たちのうち、派遣切りの被害者って実際どれぐらいだろう?ま、半分いればいいとこかも?……なんて思ってたら、354人中たった73人!?少なっ!(^_^;
 それにしても「その他」って何なんでしょう?103人もいますが……。


 思い起こせば私は社会人となって22年になりますが、そのうち正社員として働いた期間はわずかです。合計で3年ぐらいしかありません。
 残りは派遣社員、契約社員、アルバイト、フリー(業務請負)です。そのため、常に首切りの恐怖にさらされてきました。

 「何で正社員にならないの?」と人にはよく言われました。私だってできればそうなりたかったんですが、実際のところ、自分のやりたい仕事を正社員で募集している会社が皆無だったんです(ちなみにパソコン入力オペレーター)。

 もちろん派遣等の非正規雇用でつないでいくためにはスキルアップは必須ですから、仕事のない期間(派遣の待機期間など)は、よく研修やスクールに通ってました。
 新しい分野にもチャレンジしました。それまでは文字入力が主体だったんですが、グラフィックやDTP方面を。
 もちろんそのためには元手もかかります。けっこう投資しましたね。トータルで40〜50万円ぐらいでしょうか。1990年代半ばから後半にかけての話です。
 当時は痛かったけど、そこで得た技能は次の仕事探しに確実に役立ちましたし、有り難いことに現在の仕事(折込チラシ作成)にも大変役立っています。

 私は職安にはほとんどお世話になったことはないんですが、ある友人は職安の職業訓練学校で技能を身に着けました。
 彼女は当時35歳ぐらいで子供が2人いましたが、何とゼロからプログラマの勉強をし、見事正社員として採用されました。1990年代後半のことです。

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