日本の昔のお正月について調べてたはずが大脱線(笑)
2009.01.10 Saturday 02:05
くっくり
ところで、永井隆さんという方を皆さんはご存知でしたか?私はこの報道で初めて知りました。
この方が軍医時代に、中国で具体的にどのような活動をされていたのかを知りたくて、ちょっとネット上を調べてみました。
ところが、ほとんどと言ってよいほど見つかりません。
ようやく見つけたのが、永井隆さんの生涯を紹介した「医のことば その百二十三」。医学博士・文学博士の荒井保男氏による記事です(PDF形式。HTML版はこちら)
が、こちらも軍医時代のことは短く紹介されているだけでした。
一部引用させていただきます。
昭和8年(1933)幹部候補生として入隊、昭和12年(1937)長崎医大講師、同年7月日中事変に応召、軍医中尉として第五師団衛生隊医長を命ぜられ、第一線に従事し、北支、中支、南支に転戦した。日本兵はもちろん、中国人の難民や貧民たちの救護治療にも励んだ。
山遠く つえひきてきし 足なへに
薬をやりて めしも食はせぬ
−隆−
「偉い日本人の軍医が来ているぞ」ということで、毎日多数の患者が押しよせてきた。南京では昭和14年(1939)の4月中だけで延べ4千余人を診療したといわれる。功により功五級金鶏勲章が授与された。
勲章までもらってるんですね。こんな方がいたとは。
地元・長崎では有名なのかもしれませんが、全国的にはあまり知られてませんよね。たとえ知られていたとしても、原爆に関連した部分だけではないでしょうか。
そもそもが今の日本の教育現場では、大東亜戦争のみならず日中戦争や日露戦争も、とにかく戦争にまつわる「美談」や「偉人」っていうのは全くと言っていいほど教えませんからね。もはや東郷平八郎なんて、日本でよりも海外での方が有名だったりしませんか?
永井隆さんのこの「美談」も、外国向け教材に載せることはもちろん良いのですが、むしろまずは国内向け教材に載せてほしいという気もします。
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