日本の昔のお正月について調べてたはずが大脱線(笑)

2009.01.10 Saturday 02:05
くっくり


 この第十一号では、昭和12年12月11日から昭和13年正月にかけての南京場内の写真と記事が掲載されています。
 (皆さんご存知の通り、南京陥落は昭和12年12月13日。いわゆる「大虐殺」の期間は、東京裁判では南京陥落から約6週間とされています)

image[090110asanankin1.jpg]

 ↑大きな写真は上記「反日ワクチン」さんの記事をご覧になって下さい。

 写真にはそれぞれキャプションが添えられています。
 その一部をご紹介。

【去る十二月二十三日南京残留二十万の市民によって生まれ出た南京市自治委員会は昭和十三年の芽出度い元旦を期して、南京の中心皷楼で発会式を挙げた(後略)】

【北極閣と紫金山をバックに陶会長の発声で自治委員会万歳三唱【右】は皷楼へ詰めかける良民(1月1日影山特派員撮影)】

【十二月十一日南京城門西南角猛攻中の奮戦を報道すべく弾雨を冒して爆進せる我が社特派員らの自動車は城壁間近で敵の地雷に引かかり無残に大破したが、一人の負傷者を出したのみで、他は幸に奇跡的に難を脱れた(12月13日上野特派員撮影)】

【暴虐無類な抗日支那軍乍ら傷けば、皇軍が敵をも隔てぬ同仁の慈(一字不詳)に抱かれ、ここ南京外交部跡の野戦病院に我が衛生隊の手厚い看護を受けつつ、明け暮れ悔恨と感謝の涙に咽んでいる支那負傷兵(12月20日林特派員撮影)】

【惨虐無道な支那兵に脅かされ、空と地に唸る砲弾に慄えていた避難民地区の支那良民は、日本軍入城と共にホッと蘇生の思い。その上に食事は元より子供にはお菓子を恵まれて大喜びの嬉しい涙で唯々「謝々」繰返している(12月20日林特派員撮影)】

image[090110asanankin2.jpg]

 女性、少年、老人……、支那の人々の笑顔が見えます。「大虐殺」進行中にこんなふうに笑えるものでしょうか?


※「反日ワクチン」さんの他の記事もこの機会にぜひご覧下さい。
08/2/1付:朝日新聞の南京一番乗り 南京陥落時のアサヒグラフ
08/2/2付:南京入城式の朝日報道 威容堂々大閲兵式

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