「たけしの“教科書に載らない”日本人の謎」良かったです

2009.01.06 Tuesday 00:51
くっくり


 日本人は簡略化や大衆化によって大らかに正月を過ごし、一番大切なのは何よりも「気持ち」としてきた。


◆天皇の正月祭祀

 1月1日、皇居で新年祝賀の儀が行われる。天皇陛下が行政や司法の要人から新年の祝賀をお受けになる儀式。
 2日には天皇陛下は新年一般参賀で国民の前にお出になるが、しかしその前日の元日、朝4時からたった一人で正月の祭祀を執り行っていらっしゃったのだ。
 その祭祀こそが「四方拝」。

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 歴代天皇だけが執り行い、未だかつて誰も目にしたことがない。
 四方拝とは豊作を願う祭祀で、飛鳥時代に始まり平安時代に正月の祭祀として定着し、現在まで続けられている。
 宮中祭祀の中でも最も重要な祭祀の一つ。
 平安時代の儀式書「内裏儀式(だいりぎしき)」「江家次第(ごうけしだい)」に記されている。
 これらをもとに四方拝をCGで再現。

 天皇は大晦日の夜、体をお清めになり、元日の午前4時頃、黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)という天皇のみが着ることができる特別な装束をお召しになり、祭祀が始まる。
 四方拝は代理人が祭祀を行う御代拝を認めない。すなわち天皇の体調がすぐれない時などは中止になる。

 平安時代以降、四方拝は禁裏御所(現在の京都御所)にある清涼殿の東庭(とうてい)で行われた。
 東庭には3つの座が設けられた。北側には燈台と机が置かれ、机にはお香と花が供えられた。そしてそれらを取り囲むように屏風が張り巡らされた。

 最初の座で拝むのは「属星(ぞくしょう)」。これは干支を北斗七星の7つの星に割り振ったもの。丑年の今年は巨門星(こもんせい)が属星となる。
 天皇は北に向い、新年の属星を7回唱えられる。
 次に、深く拝む動作を2回繰り返す「再拝」に続けて、呪文が唱えられる。
 平安時代の「内裏儀式」によると、その呪文は

  賊冦之中過度我身(ぞくこうしちゅうかどがしん)
  毒魔之中過度我身(どくましちゅうかどがしん)
  毒氣之中過度我身(どくけしちゅうかどがしん)
  毀厄之中過度我身(きやくしちゅうかどがしん)

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