「アンカー」小沢一郎の怨念(付:国籍法改正案)
2008.12.04 Thursday 00:28
くっくり
村西利恵
「1993年、細川政権誕生」
青山繁晴
「はい。で、この細川政権誕生っていうのは、その、細川政権ができる前に大変な出来事が起きるわけですね。それを当時のVTRちょっと見ていただけますか。1993年の6月の当時です」
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村西利恵
「はい。当時の宮沢内閣に対し、野党は内閣不信任決議案を衆議院に提出しました。この時、自民党内から造反し賛成票を投じたのが、小沢・羽田グループでした」
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青山繁晴
「これ、衆議院本会議ですね。もう櫻内さん(櫻内義雄=さくらうちよしお。第67代衆議院議長)亡くなりましたけれども」
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村西利恵
「宮沢総理は衆議院を解散。総選挙が行われましたが、自民党は単独過半数を割り込み、非自民の7党1会派による細川政権が誕生しました」
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青山繁晴
「はい。で、今の懐かしいVTRをちょっとこうまとめてみると、こうなんですよね。皆さんちょっと一緒に見て下さいね。まずですね、不信任案というのはいったい何なのかと。ね。で、さっき言いました通り、憲法の中で内閣総理大臣は衆議院解散については非常に強いところがあってですね、誰も総理を動かせない。ところが同じ憲法の中に1カ所、総理大臣にとっては爆弾としか言いようがないものがあってですね、その定めによると、69条だったと思いますけど、その定めによるとですね、もしも衆議院本会議でその内閣を信用しないというものが可決されてしまうと、それは絶対に無視できませんと。その内閣は辞めてしまうか、辞めないんだったら解散総選挙やるか、どっちかしかできませんよということが憲法で定められいて、93年6月18日の衆議院本会議に宮沢内閣よ、お前を信用しないと、信任しないという案が出て、その時にそれは野党が出したんですけれども、野党が出したやつに当時自由民主党の中にいたまさしく小沢さんその人と、小沢さんについていった人の良い羽田さんが賛成してしまったためにこれが可決されて、宮沢さんとしては辞めるのか解散総選挙やるのかどっちかってことを迫られて、宮沢さんもプライド高かったから辞めるなんて冗談じゃないと、小沢一郎なんて大嫌いだということを実は終年言ってましたから、総辞職するんじゃなくて解散総選挙を選んで、そこで見事に負けまして、それで細川政権が誕生したわけですね。細川政権もその後、実は無残な崩壊に至るんですけれども、しかし皆さん思い出してほしいんですけど、とにかく自由民主党という政党ができてから、自由民主党が政権から離れたっていうの、ただこの1回だけなんですよ。だからその戦後政治史に残ることを小沢さんがやったので、やっぱりこれは小沢さんの成功体験なんですけども、この再現を狙ってるから、まさしくね、これは、ま、念のためですけどちょっと出してくれますか」
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