2008.11.22 Saturday 00:31
くっくり
シナ文明と日本文明は、平和共存は不可能である。近年、日本文明にとって悪いものは、すべてシナ文明圏から来る。ここで念を押すと、朝鮮半島はまったくシナ文明圏である(S・ハンチントンの諸著を見よ)から、反支であることが同時に、反韓・反鮮であることも意味する。政治上の志操が「アンチ・シナ」に出来上がっているから、当人の先祖や前半生がシナ人だろうと朝鮮人だろうと、わたくしは気にしない。反支政策とは日本文明の持続努力そのものなのであり、レイシズム(民族主義)と混同されてはならぬ。
〈中略〉七世紀の天武天皇と八世紀の聖武天皇は、帰化人文化をそっくり維持していた官僚群にこの日本国を乗っ取られてはならぬと思い、エキセントリックでしかもラディカルな宗教戒を採用した。すなわち、上流インテリ社会の表向きから「肉食」を追放せんとしたのだ。
これが聖武天皇以降に実際に普及・定着を見たことにより、日本文明はシナ文明から切り離された。(鹿が禁令から除外されたのは、最良の接着剤たる「膠(にかわ)」または「ニベ」が、鹿の生皮を原料としていたためだろう。)
そもそも縄文時代から続いている日本文明の美質とは何なのか?壮年者が若年層のために苦労を買って出る――という「持続のマナー」であった。これはシナ文明の真逆である。このゆえに日本文明はシナ文明とは決して相容れないのだ。
聖武天皇は、日本を持続させるために苦労してシナの間接侵略と戦った。だから追号に「武」の字が贈られている。
壮年者が若年者のことを我がことのように真剣に考えてきたから、日本文明はこんなに長く持続し、しかも「日本国家=日本文明」であり得ている。逆にシナ文明は、若年者を常に老年者の奴隷(あるいは喰い物)と見る文明だから、政体は次々に革命で倒される。国土は汚染され、資源も根こそぎ濫費され、人民は使い捨てられるのだ。
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