「雷」工藤艦長の武士道精神とサー・フォールの報恩

2008.11.03 Monday 02:46
くっくり


 この史実をご存知ない方のために――
 以下、「正論」08年10月号掲載 ジャーナリスト・恵隆之介氏の論文【「敵兵を救助せよ」のそれから/わが武士道精神の光輝と英国人元兵士の報恩の物語。日英両国に咲いた高貴な友情を語る】からの引用です。

■衝撃のラジオ・レポート

 私は平成15年6月13日、朝7時30分のNHKラジオ、ロンドン発ワールド・リポートを聞いて驚嘆した。それまで昭和の全ての軍人を批判的に論じた司馬史観に傾倒していた私は強い衝撃を受けたのだ。

 このレポートは次の内容であった。

 大東亜戦争中、ジャワ海の制海権争奪に敗れた米英豪連合軍艦隊の残存艦艇は、日本艦隊の隙をついて同海域からの脱出をはかった。昭和17年3月2日午後2時頃、2隻の英海軍艦艇は、インド洋への脱出を試みてジャワ海北西海域において日本艦隊に捕捉され相次いで撃沈された。両艦の乗員合計約450人は脱出し漂流を開始するが、約20時間近く経過した翌3日、午前10時頃には生存の限界に達していた。

 赤道下の強烈な太陽光、欠乏する水分、サメ襲来の恐怖で、現代の日本人では理解できないほど極限状態に達していた。一部将兵は自決のため劇薬を飲もうとしていたまさにその時、単艦で哨戒行動中の帝国海軍駆逐艦「雷」(艦長・工藤俊作中佐)に偶然発見された。

 サー・フォールは、いよいよ機銃掃射を受けて最期を迎えると覚悟したところ、「雷」は救難活動中の国際信号旗を掲げて直ちに救助活動に入ったのである。

 甲板に引き揚げられた英海軍将兵を感激させたのは、汚物と沈没艦艇の重油で真っ黒になった英海軍将兵を、小柄な「雷」乗員達が嫌悪することなく、両脇から真水とガソリンで一人一人丁寧に洗浄する光景であった。

 220名乗務の駆逐艦が敵将兵450人を救助する。通常なら反乱を恐れてここまでは救助しない、しかもこの海面は敵潜水艦の跳梁が激しかった。まさに決死の敵兵救出劇であった。

 さらに「雷」は、潮流に流され四散している英海軍将兵を終日をかけて救助した。たとえ1人でも発見すると「雷」は必ず艦を停止し、総員で救助したのである。中には艦から投下された縄ばしごに自力で上がれない将兵もいたため、「雷」乗員が飛び込んで救助する光景もあった。「雷」乗員は、敵将兵に供与する艦載の被服が底をつくと、自らの分まで進んで提供した。

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