2006.05.19 Friday 00:21
くっくり
経済同友会が国立戦没者慰霊碑の建設を提言した。しかし、その提案は精神の内発的結果ではなくて、相変わらずと言うべきか、経済的立場(小泉首相の言う商売)からのものである。
事はもっと深部から論ずるべきなのだ。そのことを私は本紙「正論」欄において何度も論じてきたのだが、再び論じざるをえない。媚中提言がくりかえされる限り。
第一。中国は今も中国共産党の独裁国家であり、中共があらゆる事象の解釈権を握っていて、それを国民に強制している。たとえば、霊魂の存在はマルクス主義的立場から否定している。この六十年、中国における宗教の惨状がそれを示している。仏寺は観光施設にすぎないのがその一例。
すると日本が慰霊することは中共にとって思想的に無意味なのであるが、国内でしているような弾圧も否定も力を及ぼせない。にもかかわらず慰霊を批判するというのは、霊魂の存在を外国に限っては認めるということなのか。
第二。仮に犯罪人であるとしても、その罪に対して罰を与えた場合、たとえば懲役の刑期満了とかその罪を償ったとき、以後、法的にその罪を問われることはない。近現代の法の鉄則である。まして靖国神社に祭るA級戦犯とされる方々は、死刑者である。この、死をもって償った人々に対して、中国はいかなる法に基づいて死後もなお法的に罪を問うことができるのか。その法や根拠を示せ。
罰に従い罪を償ったあとは個人の道徳的かつ内面の問題であって、そのことを仮に社会的に問うことがあれば、それは人権侵害となる。まして死者に対して道徳的に何を問うというのか。
第三。慰霊は心の問題である。なにも国費をかけて慰霊碑や慰霊施設を作らなくとも、その心があれば、その場ですぐ起立して黙祷(もくとう)すればよい。外賓が求めれば、日本政府関係者はその場で黙祷を提案することだ。朝日新聞社は毎年夏の甲子園の全国高校野球大会において観客に対し黙祷を半強制的に求めているので、段取りは同社からしっかり教えてもらうがいい。
第四。小沢一郎・民主党代表は、政権を取ったら靖国神社にA級戦犯の分祀(ぶんし)をさせると言った。驚くべき発言である。かつてヨーロッパではキリスト教が諸国の王の政治を支配していた。宗教による政治支配である。それをフランス革命は否定し政教分離した。一方、東北アジアでは皇帝や天皇の政治の下に宗教があった。わが国は、敗戦後、フランス革命とは逆に政治による宗教支配をやめさせる政教分離をしてきたのである。ところが、小沢政権は靖国神社に対して分祀を強制するという政治による宗教支配を民主党マニフェストとして発表したのである。宗教界はこれを許すのか。宗教と縁の深い公明党は黙って見ているのか。
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