外国人から見た日本と日本人(4)

2008.01.08 Tuesday 01:27
くっくり



 パールハーバーはアメリカ合衆国の征服をたくらんで仕掛けられた「一方的攻撃」であるというが、この論理では日本を公正に罰することはできない。なぜなら、私たちの公式記録が、パールハーバーはアメリカが日本に仕掛けた経済戦争への反撃だったという事実を明らかにしているからだ。パールハーバーは青天の霹靂ではなく、然るべき原因があって起きたのだ。原因は、1941年7月25日にアメリカ、イギリス、オランダが打ちだした「凍結」令である。三国は自国領内にある日本の全資産を凍結し、貿易、金融関係をすべて断絶した。日本は輸入必需品の80パーセントを「凍結」地域に頼っていたから、三国の行動は日中戦争の泥沼化だけでなく、国内経済の窒息を意味するものだった。

 日本はアメリカに特使を送り、こうした厳しい措置の緩和を要請した。しかし、日本には、アメリカは両国間の対立を解決する意思をもっておらず、戦争は不可避と考えているようにみえた。会談の公式記録を読んでみると、アメリカは日本がそう疑うだけの根拠を与えている。だから、アメリカはヨーロッパの戦争がある程度めどが立ち、自国の「防衛」計画を整備するまでの時間稼ぎをしている、と日本が思ったのは当然である。アメリカの政策(イギリスと蒋介石政権を支援し、日本を経済制裁する)は正しかったというのもいいだろう。しかし、私たちの政策ではなかったと、真面目な顔でいうのはおかしい。なぜなら、政府は各種の公式声明で、あれはアメリカの政策だったと言明しているからだ。

 日本の立場で言えばこうである。イギリスとオランダが禁輸したインドネシアとマレーの物資を力で奪いにいく決意を固めた。そこで、アメリカが両国の陣営に加わらないよう、奇襲によって出鼻をくじく必要があった。パールハーバーはのるか反るかの賭けだった。

■ジョージ・フリードマン=アメリカ人。ディッキンソン大学教授。近著に「新・世界戦争論―アメリカは、なぜ戦うのか」(2005年出版)がある。
「VOICE」1991年12月号「パールハーバーを忘れるな」より

 まともで教育のある人びとがなぜパールハーバーを攻撃する道を選んだのか。こういうことを理解せずに、ただそれを非難する人びとがいる。彼らこそが戦争をもっとも起こしやすい人びとなのだ。当時の日本の指導者たちをモンスターにしたり、日本の置かれた悲劇的な立場を考えもせずに発言する人びとを英雄視したりしても、何の解決にもならない。解決どころか、このような態度そのものが問題なのだ。


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