“撃墜王”が語った日本の戦争の意義

2007.12.11 Tuesday 01:07
くっくり



 私はそのとおりだと拍手した。たった一人拍手したものだから、私の前のテーブルに座っていた白人の記者の一人が振り返った。私を認めて、「なんだ石原か」という表情で苦々しげに挑戦的な視線を送ってきたから、私は逆にウインクしてやった(笑)。彼は不愉快をあらわにしてまたもとに向き直ったんだけれど、坂井さんの話が終わった後、私にメモを寄越しました。直接にではなく、私の前にいた日本人にたくしてそそくさと退場したのですが、その紙片にはこう記されていました。

 “Ishihara, you are a ultra rightist(極右)and a lunatic(凶人)”

福田 それは彼が白人として持っているある種の後ろめたさの裏返しですね。

石原 私はその当時現職の国会議員です。かりに日本の新聞記者がワシントンの国際記者クラブで、たとえば対日強硬派のゲッパート下院議員に対して同じようなことをしたら、除籍間違いないでしょう。

 まあ、ものを知らない、認識できない人間というのはどこにでもいるもので、このエピソードはそんなことがあった、という程度に聞き流してください。私もウインクですませたんだから(笑)。

 とにかくも私たちは有色人種のうちでただ一つ、近代国家をつくって独立をまっとうしようと戦った。これは白人にとっては非常に心外な史実だったわけです。私は日本の近代化をことさら至上のものとして謳歌(おうか)するつもりはないけれど、しかしかなり素晴らしいものだったと思っている。トインビーは「人類の歴史の奇跡の一つ」といってますがね。

福田 坂井さんのさきほどの話ではないですが、日露戦争から大東亜戦争にいたる日本の近代史の意味は何なのか、それをどう世界史に位置づけるのか、ということは大事なことです。日本の戦いが大きな刺激となって各民族に波及していき、西欧のクビキから次々に脱し独立を果たしていった。その引き金を引いたのは日本という国だったということ。

石原 たしかに日本がやった戦争にはいろいろな意味合いがありました。けれども、こうしたことは決して夜郎自大(やろうじだい)でいっているのではない。私がまだ若造だった頃、高碕達之助さんのご配慮で会う機会を得たエジプトのナセル大統領や、インドネシアのスカルノ初代大統領、それから私の友人でもあるマレーシアのマハティール首相もそう語っています。

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