日朝作業部会まとめと拉致問題停滞の内的要因
2007.09.08 Saturday 01:39
くっくり
有本恵子さんのお父さんである有本明弘さんも、同じようなお気持ちでいるようです。
参院選で自民党の歴史的惨敗が決まった朝、明弘さんの目には涙がありました。
私は別に有本さんや家族会を責めているのではありません。と言うより、いったい誰がこの方々を責められるでしょうか?
拉致被害者ご家族は何十年も冷遇されてきました。
政治家、外務省、マスコミ、誰もほとんど動いてくれませんでした。
動くどころか逆に妨害をするような連中もいました。
たとえば、有本さんは地元の大物国会議員である土井たか子の事務所に相談しましたが、事務所は北朝鮮から家族宛に届いた石岡亨さん(有本恵子さんと一緒に北朝鮮にいた)の手紙のことを朝鮮総連に伝えるという、とんでもないことをしました。
家族会が結成されて5年半後の2002年9月17日、小泉総理が訪朝し、拉致問題進展への扉がようやく開きました。
小泉総理の功績は確かに大きいですが、2004年5月22日の再訪朝以降は拉致問題に積極的ではなくなってしまいました。
再訪朝時の小泉総理と金正日との会談はわずか1時間半。
家族会と支援者が感じたのはただ怒りだけでした。
「小泉総理はきちんと主張すべきことを主張をしてくれたのか?」――。
ふだん温厚な横田滋さんですら、記者会見で「予想していた範囲の最悪の結果」という非常に強い言葉を使ったぐらいです。
当日夜の小泉総理と家族会とのやりとりは、家族会には何の説明もないまま、一部始終マスコミに公開されました。小泉総理の真意がどこにあったのかは今も謎です。
直後から家族会・救う会には批判や嫌がらせのメール、ファックスが殺到し、バッシングはしばらく続きました。
とにかく再訪朝以降、拉致問題は停滞してしまいました。
そんな中、対北強硬派で拉致問題に長年取り組んできた、家族会からも絶大な信頼を得てきた安倍さんが総理大臣になったのです。
有本嘉代子さんはじめ家族会の方々が「安心」されたのは、ごく自然な流れです。
拉致問題で進展が、それも「目に見える」進展がない以上、マスコミも取り上げませんし、国民の関心が薄まってしまうのは仕方ないのでしょう。
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