産経「正論」 日本人はなぜ昭和天皇を守ったか

2006.05.01 Monday 00:56
くっくり


 天皇を守ろうとした人びとは、気づく、気づかないは別として、独善、猜疑(さいぎ)心、悪意、流血が連鎖、循環する悲劇を繰り返すまいとしたのである。

 そのような悲劇に一度ならず落ち込んだ国は当然ながらある。

 ルイ十六世は退位させられ、逮捕され、断頭台にのぼった。フランスは、そのあとロベスピエールの恐怖政治となった。
 つづいて、ナポレオンが登場し、かれが皇帝となり、さらにルイ十八世、そして共和政、再びルイ・ナポレオンの帝政となった。

 ロシアはどうであったか。皇帝ニコライ二世一族を殺害したあとに、レーニンはなにをしたか。
 老若を問わず、すべての知識人を殺害するか、国外に追放した。かれの後継者のスターリンは、マルクス主義に献身と情熱をささげてきたあらかたの知識人を抹殺してしまった。

 ドイツはどうであったか。ウィルヘルム二世は、ドイツを離れざるをえなくなり、オランダに亡命し、ドイツ皇帝はドイツから消滅した。
 十四年あとにヒトラー政権の登場となった。

<国民と共に歩まれた歳月>

 京極氏が「堅気の生活者」と呼んだ人びと、金森氏が「第一に人間である」と言ったその人びとが、天皇を守ろうとした。
 そのために努力した人びとがいたし、自分の命を犠牲にした人もいた。前に、この欄で記した近衛文麿はそのひとりである。

 だれもが天皇を守り、守り通すことによって、自己分裂をしての葛藤(かっとう)、相克が起きるのを予防し、国民のあいだの団結の共感をはぐくみ、それを明日のための力としようとした。

 そして、天皇は国民のその願いに応えた。天皇は国民に新たな自信を与え、新しい国家統一の心柱(しんばしら)となり、あの敗戦からの立ち直りのための忍苦と希望を求めての歳月を、国民とともに歩まれたのである。
 きょう四月二十九日は、昭和天皇ご誕生から百五年にあたる。
(とりい たみ)

 産経新聞を読み始めて約8年。「正論」で泣いたのはこれが初めてです。
 うまく説明できませんが、自分が日本人であることを誇りに思うと同時に、祖父の代の日本人に大変申し訳ない気持ちになりました。
 あと、昭和天皇に対する敬愛の念もさらに強くなりましたね。

 高校時代のことです。
 同級生に共産党の地方議員を父親に持つ男子がいて、私は彼とわりと親しく付き合っていたんですが、その彼が何かある度、「(昭和)天皇は犯罪者」「とっとと死んだらいいのに」と言ってたんです。

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