誰がために散る もう一つの「特攻」(1)〜(5)

2007.06.26 Tuesday 01:19
くっくり



 「小学校低学年のころ、お雛様を持っていない私をかわいそうだと思ったのでしょう。画用紙にクレヨンで雛人形を描いて、切り抜いて後支えを作って飾れるようにしてくれました」

 黒木を祭る「下呂楠公祭」の事務局長で、大垣市立東中校長の橋本秀雄(59)は言う。

 「身内を大事にする思いは、結局は、国民を大事にすることにつながるんです。黒木少佐は自分を犠牲にしてでも国を守りたいという使命感が強かったと思う」

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【写真】回天の操縦席。左足を伸ばすのがやっとの広さだ

 黒木は海軍機関学校3年生の昭和15年8月中旬、皇国史観の主唱者だった東京帝大教授の平泉澄に出会う。家族にあてた手紙には、平泉から精神形成面で影響を受け、国家を真剣に考えていく心の動きが記されている。

 平泉に面会した直後の15年9月5日、両親にあてた手紙には、<思うに尊皇の大信仰と勉学とは切っても切り離せないものであります。今まで私は此の大信念を固めるのに或は勉強も手につかぬ時もありましたが、今夏完全に不動不抜聊も揺がぬものとなすことを得、之以上何も考え或は疑うこともなく、胸中晴々として只管勉強の一途です>とある。

 10月23日には、父親あてに<中学半ば志を立ててより未だ曽て神明に祈って私を願ったことはありません。(略)私を願うことは一片もなく唯皇国の御役に立つべきよう私が成りゆくより又欺くならむことを己の努力に誓うのみであります>と送っている。

 そして、影響を受けた平泉には<軍人として胆を練り以て皇国の休戚の大任を担い真に陛下の御股肱として国民の先頭に立ち天下国家のことを以て吾が事となし、私議の不断の念願たる皇国の永遠無窮を確証致し魂の尊皇の乾坤の真理の中に無窮に生きむべく不断の努力を致し天命に桜花と咲き散るべく一層学問修行致すべく候>(15年12月29日)と決意の程を伝えている。

 いずれの手紙からも、死をかけた戦いに挑む黒木の思いが伝わってくる。

 =敬称略
(宮本雅史)


産経新聞朝刊大阪版07年6月9日付社会面掲載
誰がために散る もう一つの「特攻」(5)

【鉄石之心】回天 標的ト生キ死ナム

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