集団自決 真実を語れない沖縄の特殊性

2007.06.24 Sunday 01:39
くっくり



 以上が調査の要点である。その後、宮平さん自身が案内人となり、集団自決の現場、「平和の塔」「昭和白鯱隊玉砕の地」などの慰霊に臨んだ。

■鉄の暴風は「全部ウソ」

 一行は渡嘉敷島に渡り、民俗資料館館長の金城武徳さんにお話と現地調査の案内をお願いした。金城さんは当時13歳で、自決現場に居合わせたが、命を永らえた。集団自決の地に建つ「集団自決跡地」碑を前にしての金城さんの証言は、実際に現場を知る者として迫真に満ちた内容であった。以下、金城さんの証言であるが、『正論』平成18年11月号水島聡氏による「妄説に断!渡嘉敷島集団自決に軍命令はなかった」と重複する話を割愛して肝心な点のみ記したい。

 まず軍命令を流布した沖縄タイムス社刊『鉄の暴風』の記述について、「あれは全部、ウソ。島民はそのことを分かっているので、あんな本は絶対に読みません。怒って捨ててしまう」と吐き捨てるが如く言われた。

 自決に使用された手榴弾の出所に関しては「島の防衛隊が手榴弾を持っていました。戦闘が激しくなって、各々が自分たちの家族のところに逃げてきていたので、持っていた手榴弾を自決に使った」と、座間味島と同様であることがわかった。

 自決の地は谷間で、皆まとまって自決した。曾野さんの著書(引用者注:曽野綾子氏の『ある神話の背景』昭和48年発行)の通りで間違いないことを確認する。悲惨な自決の様子を語られた後、金城さんは「本土の兵隊が『お母さん!』と叫び戦死したのに立ち会ったけれども、島民は皆『天皇陛下万歳!』と言って自決しましたよ」と堂々とおっしゃった。

 そして「赤松隊長(引用者注:渡嘉敷島守備隊長・赤松嘉次氏)は絶対に自決を命じていない。自決の音頭をとったのは村長のほか、村の指導者たちだった」と何度も断言されていた。

■これは正義と道徳の問題だ!

 22日の最終日は沖縄本島で戦跡を巡る予定であったが、急遽、貴重な重要証言を聞ける機会がもたらされた。元琉球政府の照屋昇雄さんの話を伺えたのである。照屋さんは、島民に「戦傷病者戦没者遺族等援護法」を適用して遺族補償金を拠出させた経緯をすべて知っている当事者だ。昨年8月27日付産経新聞「渡嘉敷島集団自決、軍命令を否定する証言」のスクープで証言された方である。

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