2007.06.22 Friday 01:29
くっくり
そもそも決議案自体には拘束力は一切ありません。
たとえば中国について言えば、過去に何度も米上下院で対中非難決議が可決されていますが、だから何がどうなったということはありません。
最近ではこの6月5日、中国政府がスーダン政府の支援を受けた民兵組織によるダルフールでの大量虐殺を黙認していることは、北京オリンピックの精神に反するとして、抗議する決議案を、米下院は全会一致で可決していますが(産経6/7)、中国政府は完全に無視しています。
米下院では毎年数百件もの決議案が提出されており、中には「メジャーリーグで活躍した選手の模範イチローを賞賛する決議案」「毎朝牛乳を飲むことを国民に呼びかける決議案」「ブロッコリーは美味しくて健康によい事を国民に呼びかける決議案」といった、「はぁ?」な決議案も少なくありません。
慰安婦決議案もそういった膨大な数の決議案のうちの一つでしかありません。
【櫻井よしこさんの主張】
決議案の間違いにも河野談話の間違いぶりにも目をつぶり、河野談話の枠内で対処しようとする人々がいる。駐米大使の加藤良三氏は米下院への書簡で、日本国政府は謝罪を重ねてきたと説明はしても、事実の誤りは全く指摘しないのだ。
(中略)たしかに、眼前の危機である決議案の成立を阻止するにはひたすら謝ったと強調し続けるのが良いかもしれない。しかし、その後はどうなるのか。日本の不名誉がさらに深く重く歴史に刻み込まれていくだけだ。
慰安所は現在の価値観では到底受けいれられない制度だ。私たちはその種の非人道的振る舞いや制度を決して繰り返させてはならないが、同時に、慰安所設置は当時の価値観の反映だったことも指摘すべきだ。しかもその種の制度を持ったのは日本だけではない。第二次大戦後でさえ、同様の仕組みを設けた国々がある。
そうした中でとりわけ日本が非難されるのは、“軍や政府の強制”故だ。だが、強制の事実はなかったのだ。河野談話は明らかな間違いなのだ。この点を主張しなければ、問題の真の解決などあり得ない。
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