これでいいのか皇室報道

2007.06.09 Saturday 02:39
くっくり



 いうまでもなく現在の異様な皇室報道をもたらしたのは、メディアの無責任なセンセーショナリズムと、さらには宮内庁の不備な対応にもある。

 昭和天皇が昭和63年9月に再度の重病にかかられた際、朝日新聞が早々と病名を「がん」と報じた。もちろん他の新聞社も知っていたことだが、陛下も新聞をお読みになるということで、控えていたのである。

 こんなことは一般国民の知る権利とは、まったく関係ない。ところが、この「スクープ」以後、ご結婚や、ご懐妊といったご慶事まで、スクープ合戦が続くことになった。

 昭和33年の今上陛下のご婚約の際には、東宮御学問参与を務めていた小泉信三慶大教授(当時)の努力により、約1年間にわたって宮内庁と報道機関は報道自粛協定を結んだ。小泉信三がこの協定を結ばせたのは、「皇太子殿下ご結婚というようなおめでたいことがらにつき、その報道者の間に得意の人と失意の人(スクープした人と抜かれた人)ができては面白くない」という趣旨に基づくものだった。まことに見識のある発想ではないか。

 当時の宮内庁と報道機関の間には、ある種の信頼関係があったからであろう。ところが、今は、宮内庁自身が信頼できない存在となっている面がある。

 たとえば、秋篠宮妃殿下のご懐妊の報道は、秋篠宮殿下がご存知になる前に情報が流されたという。最近の週刊誌の記事などにも、関係筋から漏れているとしか考えられないような内容のものもある。周知のように、公務員には厳とした守秘義務があるが、宮内庁職員はとくに一般の公務員以上に守秘義務には厳密でなければなるまい。

 それは退官後も続く。その重大な違反と考えられるのが、昨年7月に日経新聞に掲載された「富田メモ」だ。わずか120字の由緒不明のメモから「A級戦犯合祀 昭和天皇が不快感」という結論を導き出すのは、明らかに、皇室の「政治利用」であるが、何よりもこうした文書が洩れること自体が大問題なのである。

[7] << [9] >>
comments (31)
trackbacks (0)


<< 情報保全隊の「内部文書」を共産党が公表
中国人が李登輝さんを襲撃 >>
[0] [top]


[Serene Bach 2.04R]