サハリン残留韓国人 日本の“理由なき支援”

2007.06.05 Tuesday 18:16
くっくり




 これら“日本糾弾キャンペーン”の結果、平成元年、日韓の赤十字によって支援を行う「在サハリン韓国人支援共同事業体」が設立されました。
 当時の事情を知る国会議員によると、「日本政府が直接お金を出すのはまずいので、共同事業体の形をとった」とのことです。

 このあたりも慰安婦問題に似ていますね。そう、村山富市内閣が作った慰安婦への償い事業のための「アジア女性基金」です。政府がお金を直接出すわけにはいかないので、事務局運営費が政府負担で、「償い金」を国民から集めるという方式になりました。

 ……で、その「在サハリン韓国人支援共同事業体」ですが、共同事業体といっても、資金を拠出するのはもっぱら日本側。最初から韓国に出させる計画ではなかったそうです。
 しかも韓国に縁者がいない韓国人まで、日本がお金を出して一時帰国させてあげていたのです。

 そんないい加減な状況だったのに、平成7年、「謝罪や補償」をしたくてたまらない村山内閣のもと、ついに計約33億円にも及ぶ巨額の日本の支援が決定してしまいました。


 中には「戦時に徴用によってサハリンに渡った」人もいますから、そういう人への支援は人道上必要なのかもしれません(サンフランシスコ講和条約および二国間条約において請求権の問題は放棄されているので、本来は支援の必要は全くないのですが、あくまで「人道問題」として)。

 が、産経も指摘しているように、支援対象の条件は「終戦前から引き続きサハリンに居住している『韓国人』」といったふうに極めてあいまいであり、そういうピンポイントな支援は不可能な状況です。
 というか、実は支援の対象者を選ぶのは韓国やサハリン側に任されており、日本側はチェックする手段もないのです。

 支援が始まった後にサハリンを訪れた産経記者は、ある韓国人に「私たちは戦前、毛皮の商売をするためにサハリンに来た。なぜ、日本が韓国へただで連れて行ってくれるのか」と尋ねられたそうです。

 また、60歳以上の一時帰国者については、付き添い一人が認められているのですが、そのため本来の家族再会の趣旨は隅っこに押しやられ、付き添いの二世、三世が主体となった韓国への“買い物ツアー化”が、かなり前から指摘されています。

 新井佐和子氏は平成7年にサハリンに行った時、80歳を超える一世の老人から、「一度一時帰国したので、もう十分なのだが、子供たちが韓国へ行きたがるので二度目の申請をした」といわれたそうです。

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