サハリン残留韓国人 日本の“理由なき支援”

2007.06.05 Tuesday 18:16
くっくり



 そもそも、戦時中に労働者としてサハリンに渡ったのであれば80代、90代になっているはず。戦後60年以上たっているのにいまだに「支援対象者」が絶えないのは、支援者の条件が単に、「終戦前から引き続きサハリンに居住している『韓国人』」などとなっているからだ。

 この条件なら終戦時に1歳の幼児だったとしても支援対象になるし、日本とのかかわりも問われない。実際、現在の対象者の多くはサハリン生まれの2世たちである。戦後、北朝鮮から派遣労働者としてサハリンに渡った人など、「日本とは何の関係もない人」まで、支援を受けていることが分かっている。

◆◇◆

 戦時中、朝鮮半島からサハリンへ行った労働者は企業の高い外地手当にひかれて、自ら海を渡った人が多かった。しかも、彼らが戦後、帰国できなかったのは、当時のソ連が北朝鮮に配慮して国交のない韓国への帰国を認めなかったからだ。だから「日本に法的責任がない」という政府の主張は間違っていない。

 百歩譲って、アジアの大国としての「人道的支援」は認めるとしても、すでに使命は十分に果たしたはずである。それなのに、支援を打ち切るという話はどこからも聞こえてこない。

 支援事業を行う日赤国際部は、「日本政府としては各事業の効果や必要性等を入念に精査の上、人道的観点から現実的な支援を策定しているものと承知している」とコメント。外務省関係者からは、「この程度(の額)で済むのなら…」と本音も漏れてくる。

 だがそういう「事なかれ主義」が歴史問題で日本を苦境に追い込み、竹島や慰安婦問題で譲歩を余儀なくされたことを忘れてはならない。


image[070605.jpg]【写真】
日本が資金を出して建設した「故郷の村」のアパート(上)と居住する残留韓国人ら(韓国・安山市)

【用語解説】サハリン残留韓国人問題
 戦時中、日本統治時代の朝鮮半島から企業の募集などで樺太(現・ロシア領サハリン)へ渡った韓国人が、戦後にソ連(当時)の方針で出国が認められず、数十年間にわたってサハリン残留を余儀なくされた。日本の民間人の運動がきっかけとなって、1980年代半ば以降、日本を中継地とした一時帰国、さらには韓国への永住帰国が実現した。日本政府は一貫して「法的責任はない」と主張してきたが、日本の一部政党・勢力が「日本が強制連行した上、韓国人だけを置き去りにした」などと、事実無根のプロパガンダを繰り返したために、日本政府は帰国事業などへの人道的支援に乗り出さざるを得なくなり、戦後60年以上たった現在も支援が続いている。


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