IWC年次総会〜日本が脱退を示唆

2007.06.02 Saturday 04:01
くっくり


 30日行われた記者会見には、20日に「現段階で最良のもの」と修正案を発表した田中満雄町長の姿はなく、町議会の福本宗敏議長や山下一郎副町長らが経緯を説明した。
 福本議長らが旧赤碕町長の中井勲さん(81)の意向を直接聞いたが、名前を使うことができないことが確認されたため、修正案でない全く新しい「日本海」と「東海」の文字を使わない説明文の原案を作成。町議の過半数の同意を取り付けて数日前に田中町長に方針転換を要請したという。当初の修正案の際は区長会にも説明したが、今回は町民への事前説明を省いた突然の再修正だった。

【県民指摘発端】

 碑文は平成6年に旧赤碕町(現琴浦町)が建立した。文政2(1819)年に嵐で難破した韓国商船が同町沖に漂着し、地元住民らが救助して帰国した経緯が紹介され、「将来にわたり日本海(東海)が日韓両国にとっての平和と交流の海であることを祈念し…」とステンレスの説明板に刻まれていた。
 問題の発端は、「東海」の使用を不適切とする県民らの意見。昨年9月、県内の男性2人が町役場を訪れ、「東海の表記は適当ではない」と指摘し、直前に町のホームページに別の個人名で同様の書き込みがあったほか、今年1月には鳥取市の市民団体「あすの日本を考える会」の仲山一成会長(78)も田中町長に削除を要望した。
 これを受けて町は今年3月に削除した。しかし地元紙などの報道をきっかけに、在日本大韓民国民団鳥取県地方本部が町に強く抗議。田中町長は民団に謝罪した上で、日本文は「日本海」、併記するハングル訳は「東海」とすることを決め、決着したはずだった。

【賛否分かれる】

 旧赤碕町長の中井さんは「日本海(東海)としてこそ日韓交流が促進できるはずで、新しい碑文には全く同意できない」と憤る。また、碑文の原状回復を求めてきた民団の薛幸夫団長(55)は「国際交流の意義に反することで、到底納得できない。日本海と東海を併記したことは、あの海を平和と友好のシンボルにするためだ」と語気を強めた。
 一方、仲山会長はどちらの表記も触れない新しい碑文の案については「町長の苦渋の決断であることは想像に難くない。結果的に東海の文字が消えるなら、一定の評価はできる」と話した。

 ネットにないみたいなので起こしました。
 「東海」って文字が復活してしまうことを思えば、今回の措置はずっとマシなのかもしれませんが、やはり何か釈然としないものが残りますね。

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