2007.05.26 Saturday 04:29
くっくり
私は、当時米軍が計画していた多くのプランのひとつとして北朝鮮「民主化」という名の派兵プランがあったのではないかと思います。その正統性を示す札のひとつとして北朝鮮の日本人大量拉致の事実が使えると考えたとしても不思議ではありません。実際、9・11はそのように使われました。9・11を理由にアフガニスタンを崩壊させ、さらにイラクにまで侵攻することができたのです。
しかし、おそらく前述のように「何の経済的利益にもつながらない北朝鮮」という理由やその他経済的、戦略的な観点から結局アメリカ政府内で北朝鮮派兵プランのプライオリティが高まることはなく、「日本人大量拉致の事実」という札も使われずじまいになったように思います。
そこで、今回の憲法9条放棄による日本の軍備拡張の気運を高めるための札としての利用です。
「拉致」の問題がクローズアップされた時、政府、特に安倍晋三氏が被害者家族会に肩入れしていることに、私はひどく違和感を感じました。安倍氏のキャラクターにそういう弱い立場の人と共に辛さを分かち合うというような要素が全く感じられなかったからです。何だか全然ミスマッチ、似合わない、という感覚です。さらに「何を今さら。知ってたくせに」という気持ちも大きくありました。百歩譲って故意でなかったとしても(故意であったなど口が裂けても言えることではありませんが)拉致被害を拡大させた責任は、はっきりと何の手立てもこうじなかった当時の政府にあります。そのような論調が少しでも出る前に、自分達の無策無為(あるいは故意)にさっさと煙幕を張って、すばやく同じ被害者として振る舞って見せたという印象が拭えません。その後は、北朝鮮憎むべしの気運の盛り上げ、ナショナリズム高揚に「北朝鮮の日本人大量拉致」の札を大いに活用していることはご承知の通りです。
(中略)
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私の思い
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●「戦前」になるくらいなら、ずっと「戦後」でありたい。
この世界、「戦前」と「戦後」しかない気がします。「戦後」とは、施政者、国民全体が戦争の醜さ、恐ろしさを心底感じ、自分が被った痛手と他者になしてしまった害悪を共に大変辛いものとして心に刻み込んみ、反省している状態をさします。「戦前」とは、それを忘れてしまった状態です。
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