「アンカー」ペルー日本大使公邸人質事件の真実
2007.05.24 Thursday 02:26
くっくり
【1997年4月22日 武力突入】
事件発生から127日目、事態は急転する。
およそ2カ月かけて掘られた地下トンネルから特殊部隊が突入。
日本政府に一切の事前通告なしに行われた武力突入によって、ゲリラ14人全員が死亡。
人質となった72人のうち、ペルー政府関係者1人が亡くなったが、奇跡的にも日本人24人は全員無事に救出された。
image[070523-05vtr2fuji.jpg] 人質とともに喜びを分かち合うフジモリ大統領の姿は、日本でも大きく報道され、一躍ヒーローとなった瞬間だった。
…………………………VTR終了…………………………
山本浩之(キャスター)
「さ、青山さんの“ニュースDEズバリ”、今日は10年前に起きました、ペルー日本大使公邸人質事件の裏側についての解説ということなんですが、なぜ10年前のあの事件を取り上げられたのか、それも含めて解説お願いします」
青山繁晴
「はい、さっき申しました通り、僕は現地で取材してたんですが、事件の発生直後から、武力突入で終わる解決まで、全部見た記者は僕1人だったそうです。4カ月長く続いたんで、ちょうど時差が昼夜全く逆で、全く眠れない生活が4カ月続くので、普通は交代するんですけど、僕の場合はいろんな事情で、最後まで1人で全部見たわけですね。で、その事件のために共同通信を結局辞めたんですけども、今に至るまでの10年間、あの事件の武力突入は間違いだったとずっと言ってきたんです」
image[070523-06saiban.jpg]青山繁晴
「10年経って、先週金曜日に当事者のペルーで、新しい裁判が始まりました。この裁判は、あの武力突入に大きな間違いがあった疑いがある、犯してはならない殺人が、虐殺が行われた疑いがあるという裁判が始まり、しかも大事なことは、その裁判のために、初めて日本人の人質だった方に、証言に立ってほしいという要請が初めて出たんです。つまりは、事件の本当の真相を、武力突入の本当の真相を知ってるのは日本人だけだよ、ということを、今のペルー政府が初めて言ったということなんです。実は僕は、金曜日に裁判が始まってから土日にかけて、ずいぶんたくさんの電話とメールをいただきました、長いつきあいの方々から。『お前が10年間言ってきたことが本当かもしれないってことが、ようやく出てきたね』と。『かもしれない』っていうのは、フェアに言わないといけない。まだ判決出てませんから。しかし、もう虚仮(こけ)の一念のように10年間青山が言ってきたことが本当かもしれないというのは、この裁判の始まりでわかったよという人が、政府の内部にもいるんです。その上で、この10年間僕が主張してきたことと逆に、日本ではどう見られてきたか。どう報道されてきたか」
[7] << [9] >>
comments (38)
trackbacks (4)
<< 中国ビザまた拡大 他いろいろ
「ずぅーっと戦後でありたい」電波なメルマガ届きました >>
[0] [top]