「アンカー」ペルー日本大使公邸人質事件の真実
2007.05.24 Thursday 02:26
くっくり
image[070523-02hikouki.jpg]青山繁晴
「今日は僕にとって思い入れのあるテーマなので、気を付けて客観的にフェアに話さなきゃいけないと思ってるんですが、まず、恥ずかしながら、ちょっとこれを見ていただいて……(写真フリップを出す)。ちょっとわかりにくいかもしれませんが、飛行機の中です。軍用機なんですが、まるで囚人護送してるみたいですが、そうでなくて、僕の記者時代の最後の写真です。ちょうど10年前の写真で、この取材をもって僕は記者を辞めました。これ、乗ってるのは、軍用機と申した通り、ペルー軍の軍用機です。何の取材していたかというと、実はこれなんです」(次の写真フリップを出す)
image[070523-03taisikan.jpg]青山繁晴
「ペルー日本大使館公邸人質事件。みなさん、ご記憶の方も多いと思うんですが。この写真も僕が撮りました。日本人を含む人質がたくさん捕らわれました。隣のマンションから撮った写真なんですけど、これは10年前の事件です。じゃあなぜそれを今日やらなきゃいけないのか。どうしても今やらないといけない理由があって、お話ししたいので、この後できればぜひ見て下さい」
(いったんCM)
…………………………VTR開始…………………………
image[070523-04vtr1taisikan.jpg] ペルー日本大使公邸人質事件。
日本人が初めて経験した大きなテロ事件となった。
【1996年12月17日 事件発生】
サヨクゲリラ、トゥパク・アマル革命運動(MRTA)のメンバー14人が、ペルーの日本大使公邸を襲撃。
青木大使をはじめとする日本人及びペルー政府関係者ら、およそ600人を人質に立てこもった。
人質は徐々に解放されるが、最後まで日本人24人を含む72人は拘束された。
日本政府は事件発生当初からペルー政府に対し、平和的解決を要求。
当時の橋本総理と、ペルー・フジモリ大統領は解決策を話し合い、一時は犯人グループのキューバへの亡命も検討された。
しかし――。
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