2007.05.21 Monday 00:36
くっくり
史料は、竹島から92キロ離れた韓国・鬱陵島の調査に朝鮮王朝から派遣された使者が、調査の概要を記した1694年作成の「蔚陵島事蹟」。「東方約五里に小さな島があるが、高大ではなく海長竹が一面に生えている」と記されていた。
朝鮮の「里」は約400メートルを示し、5里は2キロ。記述から、小さな島は位置的に、鬱陵島の東側2キロに位置する竹嶼(ちくしょ)に相当し、海長という種類の竹が生えていたのが分かる。
竹島問題を研究するビーバーズ氏は、ソウル大学奎章閣所蔵の古地図に、鬱陵島の東側の小島に韓国側が独島の古名とする「于山島」と「海長竹田」の表記があり、于山島は竹の生えない岩の塊の独島ではないと指摘。日本側の主張を支持した。
杉原副座長は「ビーバーズ氏の指摘する小島も竹嶼と見て間違いない。朝鮮王朝は調査に基づき、鬱陵島の地理をほぼ正確に把握しており、于山島とする島に竹が生えていたことは明白で、于山島が独島ではないことが裏付けられた」とした。
ビーバーズ氏の研究成果を紹介した本紙記事をめぐっては、韓国の歴史研究財団が「伝聞を基に描かれたもの」と、地図の信ぴょう性を否定することで反論。ビーバーズ氏はホームページで「財団の指摘は論点のすり替え」と反論している。
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