2007.05.15 Tuesday 01:30
くっくり
“親日派”の孫たちの土地没収が発表された――。
追及の嵐が韓国で吹き荒れている――。
晋州(チンジュ)で毎年開かれている歌謡祭。
地元出身、南仁樹(ナム・インス)の歌も――。
南仁樹は1936年、朝鮮半島でデビューし、戦後も国民的歌手として活躍。「歌謡皇帝」とまで呼ばれた。
会場の入口では、「南仁樹歌謡祭」に反対する一団の運動が――。
「親日派 南仁樹」「市民の血税で親日歌手の記念行事とは何事だ」というプラカードを掲げている。
反対運動をしている男性は。
「南仁樹の歌の中で『血書志願』などの3曲は日帝時代、戦争に参加するように誘導した歌です。国民は親日の痕跡がある人を懐かしむ歌謡祭は、なくさなければならないと考えています」
『血書志願』のレコードがかかる。
(韓国語で歌っている。歌詞カードもハングル)
当時、日本は朝鮮半島からも志願兵を募っていた。南仁樹は1943年にこの歌を歌った。
先ほどの男性。
「南仁樹の歌は影響が大きく、国民に与えた傷も大きいので、彼を親日派に区分し、彼の歌を排除したいと考えています」
が、会場は大盛り上がりだし、反対派の渡すチラシを突き返す人、問いただす人もいた。
次に、1941年に朝鮮半島で作られた映画『志願兵』。
朝鮮半島出身の若者が、日本軍入隊を果たす物語。
映画の一部が流される。
(右に日本語字幕が出るものの、役者は韓国語で演技している)
幻のフィルムとされていたが、現代史見直しの中で発掘され、監督や俳優は南仁樹のように、“親日派”と名指しされている。
しかし、南仁樹歌謡祭に来ていた人は――。
「おじいさんの世代で親日行為をしなかった人はいない」(70代ぐらいの男性)
「南仁樹は親日行為をしたくてしたのではないと思う。時代背景を考えても、自分の意思ではなかったと思うので、彼を追及することには賛成できません」(40代ぐらいの男性)
“親日派”の追及はそもそも「民族問題研究所」という民間団体が始めた。
“親日派”と名指しした3090人の名前を発表。
民族問題研究所が、当時の資料をいろいろ紹介するVTR。
(当時の雑誌の中身も映ったが、それもハングル)
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