大高未貴さんイスラエル・パレスチナを語る

2007.05.06 Sunday 02:00
くっくり



◆オスロ合意
 オスロでの秘密交渉の結果、イスラエルとPLO(パレスチナ解放機構)が1993年9月に調印した合意。合意を受け、ヨルダン川西岸とガザ地区でパレスチナ人による暫定的な自治が始まった。

野口 その後、再び議長に会ったときには、ガザの様相は激変していたそうですね。

大高 オスロ合意以来、世界から多額の援助資金が流入。暫定政府高官の一部はそのカネで高級車に乗り、豪邸に住み、フィリピン人メードとタイ人運転手を雇って優雅な生活を始めました。また、さまざまな建設工事利権は議長の血縁関係者が握りました。一方、道を隔てた難民キャンプは、汚水のにおいが蔓延(まんえん)する劣悪な環境のままでした。

野口 一般のパレスチナ人の生活は。

image[070501sankei-2.jpg]大高 ガザからイスラエルに抜ける検問所に行ったことがありますが、午前4時なのにイスラエルに向かう車で長蛇の列。トラックの運転手は「2時に起き3、4時間ここで待つ。爆弾を隠していないか検査を受けなければならないから。建築現場で8時間以上働き、帰るときもまた行列。家に着くのは夜9時過ぎ。睡眠時間は3、4時間だが向こうで働く方が賃金が倍だから」と話していました。しかもこの“国境”は自爆テロが起こるたびに封鎖される。ガザが「世界一巨大な監獄」といわれるゆえんです。

野口 そういうパレスチナ人の境遇を議長に訴えたそうですが。

大高 彼は質問には答えず、部屋に入ってきた子供を笑顔で抱き、日本の週刊誌に載せる写真を撮らせました。この手のパフォーマンスはどこかの国の首領様とそっくり。“パレスチナの母”と称賛されたアラファト夫人にも会いましたが、彼女は数年でガザを離れてパリで生活を始め、怨嗟(えんさ)の声も聞きました。

野口 パレスチナ政権与党ファタハの腐敗で、イスラム原理主義組織ハマスが台頭した。

大高 ハマスはアラブ諸国の支援で学校や病院を造り、圧倒的多数の貧困層を取り込みました。それが選挙で圧勝した理由です。一方で、サマーキャンプで小学生に銃の撃ち方や「ユダヤ人を何人殺せば殉教者として天国に行ける」などと教えている。ガザの普通のコーヒーショップでは巨大スクリーンで、爆弾を腹にまいたパレスチナ人がIDF兵を吹き飛ばす映像など、自爆テロを奨励するビデオが繰り返し放映されてもいます。

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