大高未貴さんチベットを語る

2007.05.05 Saturday 00:51
くっくり



 野口さんの「ダライ・ラマが選択した非暴力主義は立派な考えですが、それではチベット人の迫害は止まらないのでは」という指摘で、私が連想したのは日本のサヨクです。

 サヨクといえば、「非暴力主義」かつ「人権問題に敏感」という印象が私の中では強いんですが、彼らはチベット問題についてどう考えているのでしょうか?
 あまり声は聞こえて来ませんね。

 またサヨクといえば、もう一点思い浮かぶのが「護憲」。
 特に憲法9条は何が何でも改正させない、日本はもう二度と戦争には関わらない、という主張を展開しているようですが、もし日本本土がチベットのように中共あるいはどこかの国や組織に侵攻されたら、彼らはどうするのでしょう。

 日本人への殺戮や弾圧、日本文化の破壊、そういったものが続いたとして、それでも彼らは「非暴力主義」を貫こうという覚悟なのでしょうか?

 森永卓郎氏がかつて「TVタックル」で語ったような、「仮にとんでもない奴が攻めてきたら、憲法9条守ってみんな黙って殺されちゃえばいい。で、過去にそんな良い民族が居たって思われれば良いじゃないですか」ってことなんでしょうか?(あんた何様?日記さん5月3日付参照)
 森永さん、あんたそれ、チベット人の前で言えますか?

 こうやって考えていくと、対談の最後の部分、ダライ・ラマの実姉のドルマ女史が大高さんに語った「その国の人々の魂が破壊されたとき、その民族は滅びます」という言葉は、決して人ごとではなく、私たち日本人の心にもズシンと響くものがありますね。

 日本人の「魂」とは何でしょうか。
 長い歴史に培われた日本の文化や伝統には様々なものがあります。チベット再建を志す精神的武装トレーニングにも採用されているという武士道精神もそうですね。
 が、日本人の「魂」の最たるものはやはり皇室ではないでしょうか。

 私は、もし皇室がなくなったら日本は日本でなくなってしまう、というのが持論です。
 逆に言えば、たとえ日本人が細かなところで「魂」を抜かれていったとしても、皇室が存在する限り、日本は日本であり続けることができるのではないかと思えるのです。

 それはチベット人も同じなのかもしれません。

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