2007.04.16 Monday 13:50
くっくり
▼日米開戦前から日本の敗戦と食糧難を予想し、昭和18年からこの地で農作業に励んでいた次郎は戦後、米国との“もうひとつの戦い”に駆り出される。ケンブリッジ仕込みの英語を駆使して、占領軍司令部と渡り合った事実は、最近では広く知られるようになった。
▼26年9月のサンフランシスコ講和条約の調印式で、吉田茂首相が読む受諾演説の原稿は当初英語で書かれていた。「独立の原稿を相手の言葉で書くバカが、どこの世界にいるんだ!」。次郎はあきれて、和紙と毛筆を用意し日本文に差し替えた。長さは30メートル、巻くと直径10センチにもなった(『白洲次郎 占領を背負った男』北康利著)。
▼「プリンシプル」(原則)という言葉を何より好んだ。占領軍が日本国憲法を押しつけた経緯は誰よりも知りながら、象徴天皇や戦争放棄といった、米国の原則は評価していた。同時に日本人が原則を打ち出し、新たな憲法を制定するのは当然だと考えていた。
▼その憲法改正の手続きを定めた国民投票法案が衆院を通過した。泉下の次郎も感無量だろうが、「廃案にして出直せ」と乱暴な主張をする新聞もある。民主党が反対に回った責任は安倍晋三首相にあるとか。
▼自民、公明はこれまでの協議で、民主党の主張を大幅に取り入れてきた。土壇場になって合意を拒んだのは民主党の方だ。参院選で対決色を強めるのが目的だとしたら、この党の憲法改正に対する原則はどこにあるのだろう。
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