責められるべきは石原ではなく貝原
2007.04.10 Tuesday 19:54
くっくり
(村山にも私は言いたいことがたくさんあるけど、今回の本筋はそれではないのでやめときます)
現在は震度5以上であれば、自衛隊が自主的に出動することが可能となっていますが、当時は「近傍派遣」という例外を除いて、知事の要請なしには自衛隊は出動できない決まりがありました。
ですので、伊丹駅へ「近傍派遣」を行った第36普通科連隊を除き、神戸市中心部への派遣は直ちにはなされなかったのです。
とにかく兵庫県の自衛隊派遣要請が遅れたのは事実であり、その責任が貝原氏にあるのも厳然たる事実なわけですよ。
それをやね、「大災害が起きた場合、公的機関による救済には限界がある」だなんて、貝原さん、そんな言い方はないんちゃいますか?
それに「都民の防災意識を高めることに力を発揮してほしい」ってね、自衛隊を毛嫌いして共同訓練もしなかったあなたが言えた義理ですか?
また貝原氏は「犠牲者の8割以上が、発生直後に圧死していた」と、つまり「自衛隊を派遣したところで犠牲者の数は一緒だったんだ」ともとれる主張をしていますが、そういう問題か?
百歩譲って8割はどのみち救えなかったのだとしても、じゃああとの2割は?それは発生直後の死ではなかったんですよね?
こういう話もあるんですよ。
日本史から見た最新ニュースさんから引用。
自分の知っている「震災」で息子さんを亡くした男性は常々こう言っていました。
「瓦礫の中から息子の呻き声が聞こえる!でもどうすることも出来ない!俺の力じゃ、コンクリートを持ち上げることなんか出来ない!もっと早く救助が行われていれば!上(首長)がまともだったら息子は死んどらんよ!」
当時の知事であった「貝原俊民」や、現副知事である「斎藤富雄」の「見苦しい言い訳」を聞いて「被災地」の方々や、「大切な人」を亡くしてしまった方々はどう思うのか。
この種の話は私も又聞きではありますが、友人・知人からいくつか聞いてます。
皆さんも、テレビのドキュメンタリーなどで見聞きしたことがあるのではないでしょうか。家の下敷きになったものの幸い助かった人が、「最初の何時間か隣で寝ていた家族の声が聞こえていた。励まし合っていたがやがて声がしなくなった」といった証言をされているのを。
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