責められるべきは石原ではなく貝原

2007.04.10 Tuesday 19:54
くっくり



ここ数日、私のところに多くのメールが届きます。内容は阿部知子社民党議員が先頃、自身のホームページに掲載した以下のメッセージについてです。

「阪神大震災は12年目を迎えたが、国民を災害から守ることを任務とされているはずの自衛隊が、国(のち“知事”に訂正)による命令(のち“要請”に訂正)を受けて救援(のち“本格救援”に訂正)に向ったのは、数日を経て後のことであった。」

私は、これに反論したいと思います。

自衛隊は地震発生直後から派遣準備をはじめ、自衛隊法に基づきすみやかに兵庫県に対し派遣要請を促すよう連絡をとっています。しかしながら、県からは全然返事をもらえない状態で、航空偵察や小規模の近傍出動、派遣準備にとどまるしかありませんでした。

ようやく10時に県知事から派遣要請が入り、本格的災害救助活動を開始できたのです。 海上では、地震発生後すぐに神戸港に向かって4隻の自衛艦が向かいましたが、それを受け入れる兵庫県や神戸市の対応が遅れ、翌日10時まで、これらの艦船は神戸港に入港できない有様でした。

兵庫県や神戸市は、これまで自衛隊と共同の防災訓練をしたことがなかったのです。

救助活動に関しても、彼らは今よりも大きく権限が制限されていた当時の自衛隊法の範囲で、できることを精一杯やったと、私は大きく評価しています。

震災の2日後に当時の官房副長官が自衛隊の初動の遅れを指摘した発言もありましたが、もし地震発生と同時に一斉に数万の自衛官が現場に出動していたら、それこそ当時の法の下ではシビリアンコントロールの観点から大問題になったことでしょう。


 震災当時知事だった貝原氏は実は革新系で、「自衛隊は違憲」という考え方の持ち主です。
 当然、自衛隊との共同防災訓練を積極的にやろうなんて思うわけもなく、災害が起こってもそう簡単に自衛隊に助けを求めたりしたくない、まぁそういうマインドの人ですわ。

 その上、当時の首相が村山富市でしょ。社会党でしょ。兵庫県民にとってはまさに最悪の治世で最悪の災害が起きてしまったということです。

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