元慰安婦「李容洙」証言の矛盾
2007.04.09 Monday 01:50
くっくり
「いろんな資料があって、戦争も末期になると下っ端にいる兵隊たちはみんな、例えば、私が会った人は、8歳で畑で強姦されてそのまま連れてこられて慰安婦にされた。……元慰安婦の人たちが言ってたのは、将校レベルが一番たちが悪くて、気に入らないと刀で斬られた、背中は袈裟がけ、腹も斬られたと。元慰安婦たちが傷を見せてくれた。自殺しても死にきれないと、その後拷問された。……1995年の北京会議で、韓国の元慰安婦たちが聴衆の前で泣きながら証言した」
(1995年の北京会議とは、これのことらしいです。)
8歳の少女が日本軍に強姦され、そのまま連行されて慰安婦にさせられた!?
本当であればものすごい話ですよね。これこそ「性奴隷の見本としてふさわしい慰安婦だと思います。
なのにホンダ議員たちは、なぜこういう人を証人に選ばずに、李容洙や金君子なんかを選んだんでしょう?
ついでに書いておくと、慰安婦問題については、4月8日放送「報道2001」でも討論がありました。ここには秦先生も出演されてました。
琉球大学の高嶋伸欣教授(「つくる会」教科書の反対運動などでもおなじみ)が、「証拠文書が存在しないからといって強制連行がなかったとは言えない。そもそも敗戦時、日本軍に不利になる文書は焼却するよう命令が出されていた。慰安婦の文書も焼かれてしまった」という趣旨のことを言ったんです。
それに対する秦先生の反論はこんなふうでした。
「最初はそういうことを言う人(文書が焼かれてしまったと言う人)はいなかった。『文書を探しても見つからないのは、探し方が悪いからだ』と言っていた。でも見つからないから、最近になって『軍が全て燃やしたんだ』と言い出した。が、一枚しか存在しない文書というのは滅多にないんです。特に上から下に流す文書は、数百通あって宛先に流れていく。そのうち必ずどれかが残ってるんです。戦後、防衛庁に旧日本軍の数十万点の資料があるが、それは焼け残ったものを各地から集めてきたから残ってるんです。それに軍命令があれば、(文書が残ってなくても)記憶によって覚えている人もいる。さらに言えば、韓国の元慰安婦として出てきた人の中で、身の上話があるが、誰一人として証人がいないんです。自分が言ってるだけ。普通はひどい目にあったら近所の人や家族や友人などを証人として連れて来ないと、法廷では取り上げてもらえない」
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