元慰安婦「李容洙」証言の矛盾
2007.04.09 Monday 01:50
くっくり
船は沈みかけたが何とか助かり、私は血まみれで台湾に上陸した。同行した慰安所の主人(妻は日本人)は「おやじ」と呼ばれたが、時に暴力をふるわれた。
新竹の慰安所ではトシコと名のり、毎日4、5人の兵士に性サービスした。そのうち性病にかかり、なじみの特攻パイロットにうつしてしまったが、彼は「君の性病は明日突っこむ僕へのプレゼントと考えるよ」とやさしかった。
終戦となり、4人の仲間とともに帰国、両親にも私の体験を語らないまま、飲み屋で働いたり魚の行商、保険の外交員などをして戦後をすごした。
公聴会にひっぱりだした以上、目をそむけるような陰惨なエピソードのオンパレードだろうと覚悟して読みはじめた私は、いささか拍子抜けした。涙もあれば笑いもあって、テレビ局が飛びつきそうなメロドラマ風の筋立てではないかというのが率直な感想だが、彼女たちの身の上話には女工哀史を題材にした「ああ野麦峠」の百円工女のように成功美談風の物語も珍しくない。
波瀾万丈の一代記を出版した文玉珠(故人)もそのひとりで、ビルマでは「利口で陽気で面倒見のいい慰安婦」として将軍から兵隊までの人気を集め、3年足らずで2万6千余円の貯金ができ、5千円を仕送りしたという。本当なら、在ビルマ日本軍最高指揮官より多く稼いでいたことになる。
もっとも彼女は1992年に時価修正しての払い戻しを日本の郵便局へ請求したが、断わられる不運な目にも会っている。
李容洙の場合は戦争末期なので仕送りするどころか、ただ働きに終ったろうと想像するが、動機は民間業者の甘言に乗せられた家出娘としか思えない。ではもうひとりの金君子はといえば、16歳で養父のチョイ(朝鮮人警察官)からカネを儲けてこいと追い出され、「軍服」を着た朝鮮人の男からカネになる仕事があると言われ貨車に乗せられて、と申し立てている。本人が業者に騙されたか、養父が前借とひきかえに業者について行くよう命じたかのどちらかで、日本人はまったく登場しない。
両人とも官憲による強制連行の影も見えず、朝鮮人による「騙し」と断定できる。なぜならそのころ朝鮮半島に居住していた日本人で、甘言を弄して朝鮮人女性を騙せるほど朝鮮語が話せる者は、皆無に近かったからだ。
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