政府は拉致された姉弟を速やかに認定すべし

2007.04.07 Saturday 03:40
くっくり


 だけど北朝鮮に行ってもお母さんはいなかった……。

 たった6歳だったお姉ちゃんにとって、これら一連の出来事はどんなに心細く、また恐ろしかったことでしょう。
 そしてお姉ちゃんは同時に、「私が弟を守ってやらないといけない」という健気な気持ちも、子供ながらに持っていたのではないでしょうか。

 弟くんの方は、拉致された当時3歳になったばかりなのか、あるいは4歳を迎える手前だったかで、だいぶ違ってくるんでしょうけど、それでも当時は怖かった、心細かったという思いだったろうし、そのことはおぼろげではあっても覚えてるんじゃないかと思います。

 そんな二人がたとえ向こうで父親と再会したとしても、たとえそれなりの生活を与えられたとしても、果たして幸せに暮らすことができたかどうか。
 「ねぇお父さん。お母さんはどこに行ったの?」と、二人はきっとしつこく父親に聞いたことでしょう。
 父親は当然答えられませんよね。「お母さんに会いたい」と泣きじゃくる子供たちを適当にごまかし、なだめて育ててきたんじゃないでしょうか。
 二人の父親に対する疑念はたぶん現在もまだ晴れていないはずです。

 北朝鮮はああいう国ですから、やがて二人もお母さんのことは「触れてはいけないこと」だと気づいただろうし、表面上は忘れたように装ったんだろうと思います。
 が、二人の中で、「お母さんはどこに行ったのか?そもそもあの頃(1973年)、自分たちとお母さんの身に一体何が起こっていたのか?」という思いは今でも強くあるんじゃないだろうか?と私には思えるのです。

 そもそも工作員の父親が、二人が北朝鮮に来ることを望んでいたのかどうかも危うい。
 「俺のことは忘れて、母子三人、日本で幸せに暮らしてほしい」と考えていた可能性もあると思います。

 父親は自業自得としても、殺害されたであろうお母さんと、北朝鮮に拉致された二人の姉弟が可哀想で仕方ありません。


 特定失踪者問題調査会は4月5日、政府に対し姉弟の拉致認定を求めました。
 
『姉弟の拉致認定を』 特定失踪者問題調査会 支援法適用求める(東京新聞4/5)
 一九七三年に失跡した埼玉県の主婦渡辺秀子さん=当時(32)=の長女高敬美(こう・きよみ)ちゃん=同(6つ)=と、長男高剛(こう・つよし)ちゃん=同(3つ)=の姉弟二人が拉致されたとされる事件で、拉致問題に取り組む特定失踪(しっそう)者問題調査会は五日、記者会見を開き、警察当局が姉弟を拉致被害者と断定した場合、政府に対し、速やかに拉致被害者支援法を適用するよう求めることを明らかにした。

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