「集団自決に軍関与」高校教科書から削除
2007.03.31 Saturday 04:16
くっくり
3月30日 18時49分
文部科学省GJ!(≧∇≦)
一昨年提訴した旧日本軍の守備隊長さんもGJ!
この提訴について補足すると、平成17年8月、終戦時に海上挺進(ていしん)隊第3戦隊長として島にいた赤松嘉次元大尉(故人)の弟さんたちが、「沖縄ノート」を書いた大江健三郎と出版元の岩波書店を相手取り、損害賠償や書物の出版・販売の差し止め、謝罪広告の掲載を求める訴えを大阪地裁に起こしたものです。
もう一人GJな人がいます。
戦後の琉球政府で軍人・軍属や遺族の援護業務に携わった照屋昇雄さんです。
この方は昨年、産経新聞の取材に対し、渡嘉敷島の集団自決について次のような証言をされています。
「渡嘉敷では1週間ほど滞在し、100人以上から話を聞いたが、集団自決が軍の命令だと証言した住民は1人もいなかった。これは断言する」
「何とか援護金を取らせようと調査し、(厚生省の)援護課に社会局長もわれわれも『この島は貧困にあえいでいるから出してくれないか』と頼んだ。南方連絡事務所の人は泣きながらお願いしていた。でも厚生省が『だめだ。日本にはたくさん(自決した人が)いる』と突っぱねた。『軍隊の隊長の命令なら救うことはできるのか』と聞くと、厚生省も『いいですよ』と認めてくれた」
「厚生省の課長から『赤松さんが村を救うため、十字架を背負うと言ってくれた』と言われた。喜んだ(当時の)玉井喜八村長が赤松さんに会いに行ったら『隊長命令とする命令書を作ってくれ。そしたら判を押してサインする』と言ってくれたそうだ」
「私が資料を読み、もう一人の担当が『住民に告ぐ』とする自決を命令した形にする文書を作った。『死して国のためにご奉公せよ』といったようなことを書いたと思う。しかし、金を取るためにこんなことをやったなんてことが出たら大変なことになってしまう。私、もう一人の担当者、さらに玉井村長とともに『この話は墓場まで持っていこう』と誓った」
「住民はこのことを知っていた。だから、どんな人が来ても(真相は)絶対言わなかった」
「うそをつき通してきたが、もう真実を話さなければならないと思った。赤松隊長の悪口を書かれるたびに、心が張り裂かれる思いだった」
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