2007.03.29 Thursday 13:05
くっくり
1953年の遺族援護法や恩給法の改正によって、厚生省が適正に祭神名票を作成し、靖国神社はそれを受けて「受動的に」合祀した。
富田メモでは、昭和天皇は、「いわゆるA級戦犯」の合祀が、靖国神社の主体的な判断であるかのように勘違いなさっている!
富田メモには昭和天皇の「松平は平和に強い考えがあったと思うのに、親の心子知らずと思っている」という言葉があり、1978年に「いわゆるA級戦犯」合祀に踏み切った松平永芳宮司が悪者にされているが、こんな理不尽なことはない。
そもそも1952年に国会で全会一致で「国内法ではA級戦犯はいない」と決まって、厚生省から祭神名票が送られてきたのに、靖国神社が1978年まで棚上げしていた方がおかしいくらいである。
靖国神社が自らの判断で、あるいは天皇の意を汲んで、国会が合祀すべきと決めた人物を合祀しなかったとしたら、その方が問題ではないか!
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