2007.03.10 Saturday 03:01
くっくり
強制の定義にこだわる主張は、慰安婦問題の本質をはぐらかそうとしているようにも聞こえる。
確かに河野談話は、強制連行の形で慰安婦集めが行われたとは認定していない。裏付ける文書や証言がなかったからだという。
しかし、慰安婦に関する文書類の大半は敗戦時に軍などによって処分されている。それをもって証拠がないといい、だから強制的な連行はなかったと結論付けるのは乱暴にすぎる。
ここで思いをめぐらすべきは、人間としての尊厳を踏みにじられた辛酸の過去を、屈辱に耐えて告白した多くの元慰安婦たちの証言の重さだ。
証言の信ぴょう性を疑問視する声もあるが、戦後何十年もたってからようやく口にできた体験である。
そこに誇張や記憶違いがあるとあげつらうことが、果たして元慰安婦たちへの誠実な態度といえるだろうか。
首相は「河野談話は継承する」と繰り返す。だがその言葉が説得力を持つのは、元慰安婦たちの心身に癒やしがたい傷を負わせた行為を心から反省し謝罪するという、談話の精神を受け継いでこそだ。(後略)
(前略) 「河野談話」は、政治決着だったといえる。見直し論は、厳密な史実の裏付けがないことを理由にしているが、戦争責任問題を含めたこの種の問題での政治決着には、あいまいな部分が残るのはやむを得ない。史実を争うなら、歴史研究者に委ねるのが一番だ。日中両国間では、しばしば対立する歴史認識をめぐり、双方10人からなる共同研究委員会が設立されている。
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