「南京大虐殺」入門の入門
2007.03.06 Tuesday 22:06
くっくり
戦場で歩哨に「止まれ」と言われて止まらないで逃げたら、どんな兵隊だって撃たれます。ニューヨークに行って、警官に止まれと言われて止まらなかったら、今でも撃たれるんじゃないですか。
強姦についてはというとマギー牧師は、「ある空き家に行ったら、中国の女性と日本の兵隊がいた。私が行ったら、日本の兵隊はびっくりして銃剣を忘れて逃げて行った。私はその銃剣を拾って追いかけました」と証言しました。このたった一件です。
強姦する前なのか後なのか、単に話し合っていただけなのかすらわからない証言です。しかも、銃剣を置き忘れるなどということは兵隊にとっては大変なことです。それだけ、「やるな」ということを上から厳しく言われていたのでしょう。
日本軍の略奪について聞かれたマギー牧師は、「空き家から日本兵が氷を入れる箱をかついで出るのを見ました」とこれだけを言ったのです。
南京を自由に歩ける立場にあって、日本兵も外国人には手出ししないよう厳しく言われていましたから身の危険もない、そして赤十字の責任者で牧師です。その人が見たのが、この三件なのです。大虐殺などあろうはずがない。
オープン・シティの問題
その後、調べてみると、日本軍は南京入場の前にオープン・シティを勧告しているのです。抵抗するな、門を開けと、犠牲を最小限に押さえるためにオープン・シティを勧告している。抵抗すると街が戦場になるからです。それをシナ軍が無視したことに問題があります。
オープン・シティというのは非常に重要で、日露戦争でも奉天大会戦などと言いますが、奉天で戦争をしているわけじゃありません。昔の軍隊は礼儀正しいですから、ロシアだって奉天の中で市街戦をやるという発想はない。すぐ奉天から逃げていくんです。
旅順にしても旅順の要塞戦はありましたが、旅順の街中では戦っていません。ステッセルがオープン・シティしたからです。
この前の戦争でもドイツ軍が入った時、パリはオープン・シティしました。だからパリは傷つきませんでした。その後、連合軍が攻め入った時、ドイツ軍の司令官はパリをオープン・シティしました。パリは二度、助かったのです。ただ、ヒトラーは野蛮人ですから、パリなんて焼いてしまえと言いましたが、ドイツ軍の司令官の方が教養があってパリは助かりました。
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