「南京大虐殺」入門の入門

2007.03.06 Tuesday 22:06
くっくり



 皆、旗振り、提灯行列です。なぜあんなに喜んだかというと、「これで戦争が終わりだ」と思ったからなんです。

 後から調べてみると、日本は戦争をしたくなかった。シナ事変も日本が始めたようなことを言う人もいますが、日本を裁くために始めた東京裁判でさえ、日本があの戦争を始めたということは立証できないと、途中で打ち切っているのです。東京裁判さえ、シナ事変は日本が始めたとは言えなかった。

 日本にとってはソ連が問題であって、シナなどにつき合っている暇はありませんでした。

(中略)


【南京大虐殺の嘘】

 私は昭和十八年に旧制中学に入りましたが、その前年、まだ小学校六年生の時、近所の高等小学校二年生の太田和男くんという男の子が、「日本の航空母艦は加賀も赤城も全部、沈んでいるんだってさ」と言ったんです。これには私はびっくりして、非常に不愉快だったことを覚えています。昭和十七年ですから、まだ周りは「勝った、勝った」と言っている時です。

 後から考えると、ミッドウェーの敗戦です。あれは海軍当局が完全に隠していたはずですが、ちゃんと情報が漏れていた。私の住んでいる辺りは、トップレベルの極秘情報が漏れてくるような場所じゃないにもかかわらずです。

 ここでおかしいと思うのが「南京大虐殺」です。先に述べたように、シナ事変に出征した人たちは、私の周りだけでも何人も帰ってきています。しかし、誰一人として南京での大虐殺の話などしていません。これはおかしいですよね。

 ミッドウェーの敗戦で航空母艦が沈んだことは海軍は徹底的に隠して、あの時、負傷した人たちは病院から出さなかった。それでも、情報は漏れてきたんです。しかし、南京で大虐殺があったなどとは、誰も話していませんでした。

 田中正明という東京裁判で南京虐殺の罪で死刑になった松井石根(いわね)大将の秘書をやっていた方がいます。この方が、戦後出された本『“南京虐殺”の虚構 松井大将の日記をめぐって』(日本教文社)の中に、南京の虐殺などなかったと書かれてありました。それを読んで、やはりなかったのか、それならわかると思ったものです。

 当時、南京が陥ちたのは昭和十二年で、日本は景気は悪くないし、物も不足していませんから新聞も雑誌もすごく厚い。そこには、南京が陥ちた話から戦争の話から詳しいことがたくさん出ています。南京には日本の新聞記者その他、百人もの報道関係者が行っていますが、誰一人、虐殺などについて報じていません。

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