2007.03.05 Monday 14:17
くっくり
私が子供の頃住んでいたのは広島県の旧福山藩のはずれの村で、隣に加茂村という山村があった。その山奥に江戸時代から続いている2つの旧家があった。一方からはシーボルトの57人の弟子の1人窪田亮貞が、他からは作家井伏鱒二が出ている。また隣の宿場町神辺には菅茶山(かんちゃざん)が開いた廉(れん)塾があった。茶山は藩儒に、という福山藩からの招きを長年断り民間人として頼山陽など全国からの好学の士に儒学や詩を教えた。茶山の学問や芸術の精神と権力に媚(こ)びぬ毅然(きぜん)とした態度は、地方全体に影響した。井伏も、この地方では茶山の書を持っていないとまともな家とみられず、結婚にも差し支えたと述べている。
≪幼稚化した現代日本人≫
江戸時代の地方人や地方文化、恐るべしである。今の日本のどこかの市長や町会議長で、いや大臣や国会議員、官僚でも、世界のトップの社交界で知的、人格的にしっかり存在感を示しうる人物がどれだけいるだろうか。私は、明治以後、日本人は立派な業績もあげたが、江戸時代と比べると一般に人間的には幼稚化し、文化的、精神的には貧困化したのではないかと思っている。この点では、まだ明治時代のほうが今よりはるかにましであった。
たしかに、わが国は欧米の学問や文化を見事に吸収し、近代化を立派に成し遂げた。しかし、日本人を次の基準で総合的に判断したらどうだろう。つまり、凛(りん)とした自尊心と信念、生き方の美学、知識ではなく知恵(叡智(えいち))、そして美意識と遊び心などを統一的に有しているか否かという観点である。残念ながら現代の私たちは、江戸時代の日本人に負けていると認めざるを得ない。といっても私は、現代人が日本人の長所や美点をすべて失ったとは思っていない。国外で生活してみると、日本の長所や日本人の素晴らしさがよく分かる。これからのわが国の政治や教育は、日本人のそして日本の長所と短所をしっかり認識し、その長所を現代的な形で再構築するところから出発すべきだろう。
(はかまだ しげき)
(2007/03/04 07:07)
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