阪神淡路大震災から2年半後にこんな本が出版されていた
2020.01.16 Thursday 19:22
くっくり
「おまわりさん、地震来たらおれらどないなんの?逃げられへんやん」
とは、留置場入りした人が発する問いかけとしては震災の前々からかなりポピュラーなもので、看守役の巡査は、
「あんなあ、こんなようけ鉄格子はまったうえ、ぶあついコンクリートがビターとかたまってあんねん、ぜったい壊れへん。おまえらえーなー、悪いことしていちばん安全なところにおんねん、ええなあ」
と受けるというのが一つの儀式のようになっていた。
巡査の言葉はうそではなく、警察署の建物が倒壊したところでも、留置者の怪我人はなかった。
<謎の土>
航空会社に勤める定年前のサラリーマン・J氏は、陶磁器のコレクションが趣味である。
芦屋市にある自宅は全壊をまぬがれたものの、二十年以上にわたって収集し、ものによっては親から引き継いだ、李氏朝鮮から伊万里、信楽、唐代チャイナから現代に至る名品の数々は一つ残らず割れた。
ゴミとして捨てざるをえなかったJ氏、
「どこに捨てられるかしらんけど、将来考古学者がそこを放射性同位元素使って年代測定したら、九〇〇年代から一九九〇年代までごちゃごちゃにあって、訳わからんやろな」
と科学的に分析していた。
<こんなこと言うたらなんやけど>
「悲惨な状況を話したい」
+
「関西人としてはオチをつけたい」
+
「周囲に対する配慮」
などの相反する複雑な欲求を満たすうえで、被災者の会話の中にしばしば挟みこまれたフレーズ。
スーパーの買い物で並んでいたり、鉄道の代替バスを一時間も二時間も待っていたりすると、前にいる兄ちゃんたちの会話を、いやおうなくずっと聞かされてしまう。
「まあこんなこと言うたらなんやけど、アパートの壁がまるごと取れてしもて中身がそのまま丸見えのやつ、あれ『リカちゃんハウス』そっくりやね」
「まあこんなこと言うたらなんやけど、地震が来たルートちゅうのは関西人が徳島の阿波踊りで淡路島通っていくときとまったく同じルート通ってきたんやね」
「まあこんなこと言うたらなんやけど、阪神高速の倒壊現場、あの真ん前にちょうど土木作業服の専門店があったんやね、のぞいたら店員ニコニコしとったで」
と、延々「まあこんなこと言うたらなんやけど」を連発し、それを、
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