【過去】「日本共産党史」から消された「朝鮮総連」結成秘話

2018.12.14 Friday 00:12
くっくり


 
 拙ブログの読者さんから「朝鮮総連と日本共産党の関わりについて書かれた記事が載っている少し前の週刊新潮(05年6月2日号)を持っているんですが、くっくりさん、活用されませんか?」というお申し出があり、雑誌の現物をこちらにお送りいただきました。

 今日はその記事を起こします。

 朝鮮総連(在日朝鮮人)と日本共産党の関わりついては、「マンガ嫌韓流」でも少し描かれましたし、大枠はご存知の方も多いと思いますが、細かいこととなると「ハテ?」……。

 そういう方(私もそうですが(^^ゞ)は、是非お読み下さい。

※赤字強調は引用者によります。

【特別読物】

「日本共産党史」から消された「朝鮮総連」結成秘話

 ジャーナリスト 林 玲


【5月25日、朝鮮総連(在日本朝鮮人総連合会)が、創立50周年を迎えた。北朝鮮を支持する在日団体として、何かと話題になることが多いが、かつての日本共産党との深い関わりを知る人は少ない。日本革命を共に目指した在日朝鮮人のコミュニストの多くが、総連結成に参加したのである。党史から抹殺された秘話をジャーナリスト林玲氏がレポートする。】


 今では党史のどこにも書かれておらず、すっかり忘れ去られているが、実は日本共産党は戦前から戦後にかけて、在日朝鮮人と共に歩み、大いに助けられた。

 共産党と在日朝鮮人の関係を辿ってみよう。

 1922年(大正11年)の創立時から、共産党は植民地解放の方針に基づき、朝鮮の独立を綱領に掲げた。コミンテルン(共産主義インターナショナル)の方針で、1930年代以降、日本在住の朝鮮人共産主義者は、日本共産党に所属した。ちょうど在米中の片山潜がアメリカ共産党に所属し、在仏中のホー・チミンや●小平(●=トウ=登にオオザト)がフランス共産党に入党したのと同じである。

 戦前から、日本共産党のもとに多くの在日朝鮮人が集っていた。例えば、共産党系の労働組合の全協(日本労働組合全国協議会)は、最盛時の1931年(昭和6年)ごろ、組合員数は3万人だったが、うち3割を朝鮮人が占めていた。

 1945年(昭和20年)、敗戦の年の10月、徳田球一ら共産党幹部が、府中刑務所を出獄した。その際、

<歓迎 出獄戦士 万歳>

 の幔幕を掲げ、熱狂的に出迎えたのは、数多くの朝鮮人だった。その後、催された歓迎大会の会場を設営したのもまた朝鮮人党員である。彼らが待ちわびていたのは、獄中15年の不屈の闘士、金天海であった。金天海は在日朝鮮人から圧倒的な支持を集めていた。

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