「アンカー」山崎拓訪朝で加藤紘一政権誕生?!

2007.01.17 Wednesday 21:16
くっくり


 本題に入る前に。

 ……1月17日は鎮魂の日。

 震災当時、私は大阪市中央区、大阪城近くのハイツに一人で住んでいました。
 けっこう地盤のしっかりした場所だと思うんですが、それでも棚が身体に倒れて来たり、正直「これは死ぬかもしれん」と思いました(擦り傷程度で済みましたが)。
 人間いつかは死ぬけれど、やっぱ一人で死ぬのは嫌だなあと切実に思った体験でありました。
 あれからもう12年ですか。干支一周しちゃいましたね。

 私の周囲に亡くなった人はいなかったけれど、避難所暮らしを強いられた友人・知人・同僚は多数いました。
 地震発生から1週間ほど経って、やっと最後の同僚と連絡がとれた時は、会社全体が喜びに包まれたものです。

 今日の「ムーブ!」では、震災当時の映像と、同じ場所の現在の映像を比較するという企画をやってました。
 高速道路がまさかの倒壊、三宮ショッピングセンターは見るも無惨、伊丹駅はビルごと電車が押しつぶされ、ポートアイランドは液状化でドロドロ、水を求めて長蛇の列の住民……。
 当時のことが次々と甦ってきて胸がつまると同時に、復興した各地を見て「人間というのはたくましい生き物だなあ」とある種の感動を覚えました。

 天災は忘れた頃にやってくると言います。
 関西ですらもう地震の記憶は薄れつつあります。関西のマスコミも以前ほど大きくは取り上げなくなってきていますしね。
 かく言う私も防災グッズは押入の奥に追いやっちゃってます。
 かろうじてやってるのは、「水のペットボトルを各部屋に置いてある」「寝る時は手の届く場所に携帯電話を置いてある」ぐらい?

 備えあれば憂いなし。
 「もし巨大地震が来たらどうするか?職場にいた時はどう行動するか?家にいた時は?家族との連絡方法は?」などを頭の中でシミュレーションしたり、家族と話し合ったりしておくだけでも、実際に事が起こった時の対応は全く違ってくるものです。
 皆さんもぜひ考えておいて下さい。


 では本題。


■1/17放送「アンカー」青山繁晴の“ニュースDEズバリ”

 時間がなくて箇条書きにさせてもらいましたが、内容はほぼ捉えていると思います。
 ちなみにラテ欄はこうなってました。

マツタケ接待だけやない…山崎拓氏訪朝で何があった 青山がズバリ


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