アメリカにお願いする時代は6月12日で終わった…青山繁晴「虎ノ門ニュース」(付:大阪北部地震)
2018.06.19 Tuesday 00:56
くっくり
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____________________________内容紹介ここまで
地震の話の続き。
大阪府で震度6弱以上の揺れを観測したのは、気象庁が1923年に地震観測を開始して以来、初めてだそうです。
1995年の阪神淡路大震災の時も大阪はかなり揺れましたが、確かに、大阪府下に限定して言えば震度は最大でも4までだったと記憶しています。
当時私が住んでいたのは大阪市の玉造近辺で(大坂夏の陣で真田丸があったあたり)、やはり震度は今回と同じ4でした。
今回、緊急地震速報が間に合いませんでした。
揺れ始めてから鳴ったので、私は床に伏せながら、思わず「遅い〜!」と叫んでしまった(^_^;
直下型地震だったので、遅いのは仕方のないことですが。
阪神淡路大震災の時、私は一人暮らしで、大変怖い思いをしましたが、今回も家に一人だったので、すごく不安になりました。
急いでツイートしてみましたが、よほど焦ってたのか、2回も誤字に気づかず送信してしまったり。
通勤途上の夫よりも、先に心配になったのが、同じ区内で一人暮らしの義母です。
昭和30年頃に建てられた古い家で、しかもベッドのそばには大きなタンスもあるので、もしそれが倒れてきてたりしたら…と。
携帯はすぐには通じず(発信音がしない状態)、非常に焦りました。
しばらく通じなかったら、これは直接、様子を見にいかなければと。
後から考えたら、固定電話の方にもかけてみたらよかったのですが、とにかくその時、私は心に全く余裕がなかった(T_T)
幸い、その後すぐに携帯は通じて、義母も地震には驚いた様子ではあったものの、「大丈夫やから!」と元気な声が返ってきました。
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