産経新聞的ちょっといい話(5)(読者投稿欄より)
2018.04.14 Saturday 00:17
くっくり
専門学校講師 植田敬(60)広島市中区
商店街で高校生が配っていたチラシを受け取った。
そこには「朝鮮学校生徒に学ぶ権利を!新たな差別、8年目に突入」とあった。
朝鮮学校に高校無償化が適用されないのは、差別だと訴えているらしい。
私は冷ややかな気持ちでこれを読んだ。
日本の地で民族教育を保障され、自由に勉強できるだけでも、感謝すべきではないのか。
北朝鮮には、日本の学校で勉強する機会も自由も奪われた横田めぐみさんら多くの拉致被害者がいて、いまだに家族のもとに戻れずにいる。
チラシには「いつになったら、この声は届くの」と書かれていたが、そのセリフは私たち日本人のものである。
北朝鮮の将軍様にこそ訴えてほしい。
「いつになれば、さらわれた日本人たちは帰ってくるのか」と。
自分たちの「学ぶ権利」をわが国に求める前に、祖国に対し民主化や拉致被害者の帰国、核廃絶の実現を訴えてもらいたい。
【寂しかったサイパン慰霊式】
2017.8.9
無職 中村勝彦(77)千葉市緑区
先月、サイパン島で行われた戦没者慰霊式に、遺骨収容ボランティアの一員として参列した。
当日はサイパン市長や領事関係者も出席。
島民が新たに見つけた遺骨も届けられた。
しかし、参列者の総勢は43人にすぎず、日本で開催されるさまざまな慰霊式に比べると寂しい思いがした。
今では忘れられかけているが、サイパン島では73年前の6月に日米の激しい戦闘が展開され、日本軍は玉砕。
居住していた多くの日本の民間人も「バンザイ突撃」で命を落とした。
そして、サイパン陥落後、この島から飛び立つB29によって日本本土への空襲が本格化した因縁の島だ。
慰霊式は現地の新聞2紙では大きく取り上げられたが、日本では報道されなかった。
今の平和日本の礎となられた戦没者のことは決して忘れてはならない。
国民一人一人が尊崇の念をもって祈りの夏を過ごしてほしいと思う。
image[180413-06saipan.jpg]
[サイパンと聞くと、私はいつも戦後60年慰霊の旅でバンザイクリフにて黙祷された天皇皇后両陛下の御姿を思い出します]
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