続・日本側当事者の証言から見る慰安婦問題
2016.12.22 Thursday 01:47
くっくり
(中略)婦女子が陵辱を受けると言うが、日本軍が部落に入る前にはすでに遠くに逃れてしまい、部落に残っているのは老人と子供ばかりである。
私は、兵隊が女を強姦したという話は聞いたことがない。
強姦することが出来たとしても、衆人の目の前でやるわけにもいかないし、家のなかでは最中に後ろから攻撃されて、名誉の戦死では、とても強姦をするような雰囲気ではなかったのである。
山東省は、共産八路軍の勢力範囲であり、独混五旅は、八路軍と対峙していた。
八路軍の装備は弱小であり、日本軍が小部隊で行動している時以外は、戦闘を仕掛けてくることはなかった。
私が在隊した三年十一カ月間に、私が討伐に参加したのは約十回前後延べ六十日程度であり、その内、交戦回数は二回、戦死者は一回で三人であった。
あとは全部敵影もなくただ単に行軍をしてきただけであった。
私の同年兵で戦死したのは、たったの二人きりであった。
「朝まで生テレビ」で、済南で婦女子を二、三十人強姦したという兵隊の手記を、真実だと信じきっている大学教授の画面が大きく写しだされたが、少なくとも、当時山東省に駐留していた兵士なら、こんなことは絶対に起こりえなかったことを、誰でも知っている。
日本軍の駐留している地域で、師団司令部や旅団司令部の置かれている大都市、済南、青島などでは、在留邦人も多数おり、日本との交流で生計を立てていた中国人が、好むと好まざるとに拘わらず、大多数いたのである。
兵隊は、日曜の昼間しか外出できないから、外出証とコンドームを渡されて、大部分の兵隊は慰安所に駆け込んで排泄(まさに排泄である)を済ませ、兵営に帰るのである。
民間の婦女子を強姦できるような環境では全くないのである。
大都市、小都市(日本でいえば、県庁所在地以上程度)には兵隊はあまり金を持っていないので、軍人専用の慰安所を利用する。
慰安婦は中国人(主として兵士)、朝鮮人(主として下士官)、日本人(主として将校)がおり、性病予防のため、その地区の衛生兵が性病検査を実施していた。
軍が関与していたとか、軍が連行したとか、慰安婦の自由が束縛されていたとかいうことは、少なくとも山東省では、絶対になかったのである。
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