2006.12.08 Friday 12:45
くっくり
ちょうど65年前の昭和16年12月8日、日本海軍はハワイ・真珠湾の米太平洋艦隊を奇襲した。米国、英国などとの戦争の始まりだった。
3年8カ月に及んだ未曾有の大戦で、300万人もの日本人が犠牲となった。敗戦とそれに続く占領により、日本は営々と築いてきた富ばかりでなく、伝統的な文化や道徳観、価値観といったものまで、その多くを失ってしまった。痛恨のできごとだったことは間違いない。
しかし、無謀ともいえる戦争になぜ日本は突入していったのか。そのことは65年の歳月を経た今でも、十分に解明されているとは言えない。
日本人の多くが、戦後の東京裁判で戦勝国側が描いた歴史観に立ち、いわゆる「A級戦犯」にそのすべての責任を帰そうとする傾向が強いからである。「軍部の独走」ですべてを片づけようという見方も根強く残っている。あまりにも悲惨だった戦争経験がそうさせているのかもしれない。だが果たしてそれだけでいいのだろうか。
産経新聞はこの真珠湾から65年という節目にあたり、「正論」メンバーの識者たちによる「真珠湾への道」という連載を行った。
それを読むだけでも、開戦に至るまでの日本とそれを取り巻く国際環境には、実に複雑な状況が絡み合っていたことがわかる。その中で政治家や外交官、軍人がさまざまな判断ミスを繰り返し、また米国などの外交戦術に導かれるように、真珠湾への細い道を選択していったように思える。
連載の中で佐瀬昌盛氏は、最も大きな過ちとされる日独伊三国同盟が結ばれる前、当時の新聞や国民がヒトラーのドイツに強く共鳴していたことを指摘している。その上で、一般国民は受難者に過ぎない、という完全無罪論に疑問を投げかけている点にも注目したい。国民の間に「真珠湾への道」を後押しするような空気があったことにも目を閉じてはならない。
戦争を直接経験した人たちも、時とともに少なくなってきている。あの戦争は「語る」体験から「学ぶ」歴史へと変わりつつある。大切なことは特定の色眼鏡をかけてではなく、虚心坦懐(たんかい)に歴史を見つめることである。それこそが、これからの国の針路を過たぬために必要だと言える。
(2006/12/08 05:01)
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