【過去】開戦の日:小野田寛郎さん語録

2006.12.08 Friday 12:45
くっくり



 私は、事実をよく見ないで反省する人の反省は、本物でありうるんだろうかといつも思います。事実をしっかり見つめて、因果関係も分かって、反省するのは恐らく本物だと思うのですが、事実関係の認識や認定があいまいなままで反省しても、本当の反省とはいえないのではないか。情緒的な反省は、情緒的な自己主張につながり、却って理性を忘れて戦争に走る危険性があるのではないか。外交でできることをすべてして、徹底的に戦争回避の術を探る努力は、もっと冷徹な目から生まれるのではないかと思うのです。

 安達センセイにも読ませてやりたい!

 あと、その対談の小野田さんの発言で、特に私が印象に残った箇所はこれ。

 戦争の悲惨さは伝えなければいけませんが、ただそれだけでは十分ではないと思います。戦争とは悲惨なものである。じゃあ、戦争しないためにはどこまで我慢できるか。その我慢が切れたら結局、戦争になってしまうのです。そんなことも考えずに平和、平和っていいますが、そういう人たちは平和を守ることのつらさを真剣に考えてくれているのかな、と思ってしまいます。

 もういっちょ、小野田さんの発言。

 わがまま一方のことを言ってる人が多い。街に防犯カメラをつけるといえばプライバシーの侵害だという。だったら、空き巣に入ってもらえばいいのに、空き巣もいやだという。考えていることや、やっていることが矛盾しています。それでいて、その矛盾に気が付かない。自分がおとなしくして、事を荒立てなければすべてが安全、平和にいくんだと誤解しているんですよ。

 「平和を守ることのつらさ」を真剣に考えず、「自分がおとなしくして、事を荒立てなければすべてが安全、平和にいく」と考え違いをしている代表格の社民党・土井たか子は実質上、引退するようですな。
 それは良いけど、辻元清美が出てくるんじゃねぇ……はあ。

 清美ちゃん、あんた「今の私に何ができるのか、皆さんの声を聞きながら決めたいと思っています」と殊勝なこと言ってたのに、皆さん(=国民)の声をちゃんと聞いたの?私のメール届いてる?

[7] << [9] >>
comments (13)
trackbacks (1)


<< 【過去】韓国爆裂トークと対中外交ニュース
【過去】9・17を振り返ってみた >>
[0] [top]


[Serene Bach 2.04R]