【過去】心の中の争点にしよう〜拉致と靖国

2006.11.11 Saturday 01:10
くっくり



 この劇を作るにあたって、野伏氏は学徒出身の海軍士官で、特攻隊員として黒枠付きの写真まで用意したまま終戦を迎えたという方に軍規をご指導いただいたそうです。
 以下のくだりを読んだ私は泣けて仕方ありませんでした。

 その方は、「特攻を志願した直後は目の前が真っ赤に染まり、全身に熱湯を浴びせられたような気がして震えがとまらず、その後も放心状態が続いた。しかし数日して、道端で無心に遊ぶ幼女を目にしたとき、ああ、俺はこの娘たちの命を救うために特攻を志願したのだったと気づき、急に気持ちが楽になった」と述懐された。七千人もの特攻隊員の志願動機は、どの手記を読んでも、家族や同胞、そしてわが国への「愛」である。

 いや、それは後付けだ、好んで特攻隊員になったんじゃないだろ?仕方なく志願したんだろ?だったら「心ならずも」じゃないか……と言う人もいるかもしれません。
 そう思った人は、こう置き換えて考えてみて下さい。
 もし、あなたの子供が川で溺れていたとします。その時あなたはどう思いますか?どう行動しますか?「たとえ自分は死んでもいい、子供を助けたい」という気持ちになって、自然と川に飛び込むんじゃないですか?
 それは決して「心ならずも」ではないですよね。前向きな気持ちですよね。

 野伏氏のエッセーの続きを紹介します。

 神風特攻は昭和十九年秋に始まった。「同期の桜」に出てくる第十四期飛行予備学生たちの出撃は翌二十年四月に集中している。戦争終結までわずか四カ月…彼らのほとんどは日本の敗戦を予想していた。その上で、B29による民間人への無差別爆撃を何とかくい止めようと、また講和の条件が日本にとって少しでも良くなるようにと、唯一無二の若い命を投げ出したのである。

 出撃数時間後には、南の海に愛機とともに砕け散る我が身を思い、その先の再会を約して交わした言葉が、「靖国で会おう」であった。

 今、靖国神社をめぐる議論がかまびすしい。悲しいことに日本人の中にも隣国の政治圧力に同調する者がいるが、靖国神社を冒涜することは、尊い命を犠牲にしてわが国を守ろうとしたすべての人々の死を辱め、わが国近代の歩みを否定するものだと私は思う。それは今を生きる私たち自身の存在をも揺るがすことになろう。決して過去の問題ではない。


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