『ザ・コーヴ』の反証映画『ビハインド・ザ・コーヴ』1月30日公開
2016.01.11 Monday 03:14
くっくり
「正論」2015年12月号の八木景子監督の寄稿【映画「Behind “THE COVE”」ができるまで シー・シェパードよ、真実の力を知れ】を拝読したら、報道や映画ダイジェストでは見えないことが色々と見えてきました。
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八木さんは捕鯨関係者でもなく、これまで本格的な映画制作に関わったわけでもありません。
ただ、クジラの竜田揚げを食べられなくなると感じて(この感性は大切だと思います)、ひょんなことから太地町に辿り着いた一般人に過ぎなかったのです。
太地町が『ザ・コーヴ』の撮影地ということすら知らなかったそうです。
だからでしょうか、本格的な撮影に入ると、太地町内から「金もうけに来たのか」という声があがったそうです。
八木さんは「太地を『ザ・コーヴ』前の静かな港町に戻したいのです」と説明しましたが、理解してもらえず、根も葉もない噂が広まったそうです。
根底に、「そっとしておいてほしい」という思いがあったのだろうと、八木さんは語っています。
『ザ・コーヴ』の撮影が始まったのは2007年頃ですが、制作チームは当初、「この美しい町を撮影したい」と嘘の申し入れをしてきました。
彼らは、のどかな港町の人たちの親切心を完全に裏切りました。
太地の平穏や人々の誇りは、他にもやってきた数多くの「カメラマン」に踏みにじられてきました。
結果、人々は大きなトラウマを抱えることになってしまいました。
外部の人を寄せ付けないのは、それだけ傷が深いから。
無理もありません。
『ザ・コーヴ』以降も、こんな状況がずっと続いてきたわけですから。
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[https://twitter.com/taiji_walker/status/430137957488406528]
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[https://twitter.com/37Daikichi/status/427581533625384961]
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